ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

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写真撮ってたら捕まりました。 

ソマリランドの前に行ったエチオピアの日記です。

以下、中国の建物だから捕まったわけではないです。政府関係のものは全部写真撮ったらだめなのです。

中国主導で建設進むアフリカ連合の新本部、エチオピア
http://www.afpbb.com/article/economy/2690708/5259276
こんな記事をケニアにいる時に読み、エチオピアに着いてから探していました。
某大使館の警備員から情報をもらい、周辺をぶらぶら歩いていると見つけました。

僕は中国政府がやってることに対して良いイメージがありません。
見習わないといけないところもありますが、やはり良い話を聞いたことがないので、題を読んだだけで、負のイメージしか沸きません。
こんなことを書いてると、負け犬の遠吠えになっちゃいますね。アフリカは中国のおかげでネットが使えて便利だったりしますからね。

この記事を読み思ったことは、中国はアフリカの資源を狙ってるということ。
エチオピアには30万人の中国人がいるとされています。2年前は7万だったとか。
アフリカ大陸ではなくエチオピアの一つの国だけです。ちなみに日本人は200人ね!
彼らは、道路を北部まで作っています。恐らく道を作っている理由はエチオピアの天然資源や眠ってるといわれる石油、スーダンの石油を狙いエチオピアまでもっていき、ジプチかソマリランド又は、ケニアにも持っていき、中国へ船で運ぶのではないのではないのかっと思っています。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/8190.html
上記のとおり、アフリカの一部だけですが現地人の中国に対するイメージはそう悪くありません。スーダンのダルフール紛争に武器輸出を加担してる中国ですが、これらの背景には石油があります。また、1年くらい前に中国が77tに及ぶ中国製兵器をジンバブエに武器を送っていた事件もあります。
この事件は、日本では全く報道されなかったのですが、興味ないと思うので省略。

エチオピアとケニアの道は、悪路として有名でバックパッカー泣かせの道で、今現在、日本のODAも参加して、舗装された道を作ろうとしています。

予想完成図を見る限り、近代的な建物になりそうだなっと写真撮ってました。
予想完成図の絵には、建物を前を一般の人々が歩いている絵が描かれていたのですが、
イスラム教の白い服を着た人が何人か描かれていました。エチオピアは、キリスト教が大半をしめるのですが、なぜ描かれてるのかはわかりません。
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(↑完成ポスターの一部だけ残してくれた。)

工事現場の周りを歩き、近くにいた人からこの建物の調査を少ししていました。

建物に関しては、この建物は美しい建物になるぞ。
中国に関しては、無料で作るなんて金持ちな国だ。
広大な土地について、政府の建物に使う。
ホテルを建ててることに関しては、一部の人のみ知ってる様子。
労働者は、中国と、フィリピンとエチオピア人。アフリカ連合の建物は、中国人が主に担当していて、フィリピン人は、最近作ろうとしてる高級ホテル担当みたいです。
中国人・フィリピン人は敷地の中で寝泊まりしている。


労働者の割合を聞くと、わからないからオフィスで聞いてっていわれ、親切だからなんでも教えてくれるぞ!っと言われたのでオフィスに向かったのですが失敗の始まりでした。

オフィスに着いた直後に身体検査が始まり、服の中に隠していたカメラ(防犯のため毎日服の中に隠してる)を指摘され、お前建物撮っただろ?っと尋問。
一枚だけっと、嘘をついちゃってたくさん撮ってることがバレてオフィスの中で1時間半にわたり拘束・尋問されました。

どうして写真を撮ったんだ?この建物を何で知った?→歩いていたら漢字を見つけ嬉しさのあまり。わかるでしょ?アジアとアフリカが遠いってことを。
・これは政府のものだ。撮ったらだめなのになんで撮った?→知らなかった。本当に漢字を見つけて遠く離れたアフリカに漢字があった喜びのあまり。
・お前の国はどこだ?→日本です。
・パスポートは?なぜコピーだけなんだ?→イエメン大使館に預けてある。
・他にID・証明になるものは?学生証とか→(学生証あるけど、本物だけど在籍してないから・見せられないため)持ってない。
・どこから来た?→ケニアのナイロビから。
・航空券は?→eチケットだからない。パソコンの中です。
・紙の航空券があるだろ?→パソコンの中だからない。
・パソコンの中を見せろ→はい。
・このあと、どこに行く?→(ケニア行きの往復航空券を見せ)来月ケニアに戻ります。(往復航空券で買っててよかったと安心する)
・何歳だ?→25歳です。
・学生か?→ニートです。
・何しにここに来た?→旅行です。ただの旅行者です。
...etc

隣にいた警備員は、お前ジャーナリストだろ?っとずっと言われつづけました。

反省してるところを認めてもらい、カメラを返してもらったのですが、何を思ったのか警備員に気づかれないように写真を消してると、見つかってしまい、それが問題(隠滅)だったみたいでまた怒られて、本部長呼ばれ別のオフィスに車で連行されてしまいました。

あ~もう絶対今日は宿に帰れないや。っと思ってたのですが、連れて行かれたオフィスの担当者達が日本のことが好きな人達で、「写真はすべて許可証を発行してからじゃないと撮ったらだめだよ。君の写真を全てみたけど問題だらけだ。これから気をつけなさい」っと一言いわれ、ダメな写真は消され、日本の話に変わりました。
今日は土曜日だったこともあり、お偉いさん達はお休みなので幸運みたいでした。
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(これはokだった。)

落ち込みながら帰ってる最中に気分転換に風景の写真撮ってると遠くで少女に機関銃を向けらてることに気づいた。

↓たまたま撮ってた写真
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マジで狙ってると思いながらも冷静になる。
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本当に死んだっと思ったけど、おもちゃでした。
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[ 2010/08/14 23:56 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

どう感じたか? 

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町を歩いてて聞かれることは「この国どう思う?」という言葉です。
ソマリランド自体は、彼らの目からしたらとても平和な国です。ただし、旅行者の立場からするとやはりソマリアという一つの国で見てしまうので危険な国と思いがちです。実際僕も滞在中はドキドキしっぱなしでしたが、「チャイナチャイナ」っていわれるのが不満に残ったくらいで、朝から夕方までずっと歩いてても、危害はありませんでした。
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たった6日間の2都市しか訪れていないので、語る立場では全然ないので参考になりませんが、個人的には、とてもがんばってる国だと感じました。
会話中によくでてくる「ソマリランドの平和な国を、日本で紹介してくれ」っという気持ちもよくわかります。町と町との間には、検問が数か所設けられ、時折、賄賂と思われるものをドライバーが渡してるが、治安を保ってる感じでした。

ただし賄賂が気になります。権力を武器にしてる点。そこから国が悪い方向へ向かなければいいのですが。
一つの国として認可されれば、多額のお金が入ってくると思います。今までは国家予算毎年45億円という小額ですが、この予算がドッと増えれば汚職が増えたり、他国の関係の絡みや、権利から国が悪くなるんじゃないかと思います。

ソマリランドには、石油や天然ガス・鉱物資源が眠っていることが確認されてるといいます。(3社が調査しにきたみたいです。)

世界で紛争が起こっていたりするところは東ティモール・チェチェン・ウクライナ・アフガニスタン・スーダンなど、上記の理由が必ず入り、裏で他国にお金が流れています。
今は国が認められていないため(?)誰も投資しないみたいですが、国際社会が一つの国と認めれられれば、正式に独立した瞬間から国が滅びで行くのではないかと、ひつこいながら感じました。
もしかしたら、今の周辺諸国の状況を見ている限り、もうそんな話を進めている国があるかもしれません。

今の首都は、建物が並んでいますが、1991年のソマリランドの首都は、今のあんな姿ではなく、戦闘から建物は崩れ何もなかったと聞きました。そこから自国民のみで、遊牧しか収入がない国を築き上げたのだから、このまま認められない国で発展していったほうがいいのではないのかと思いました。

海外に住み、自国又は周辺諸国の文化や考えに捉われない人達が大勢いる。彼らが外国で経験したことを自国で活かし他国に頼らず国を活性化する。ということを考えると、今後興味惹かれる国だなっと思いました。だから個人的には、承認されない国のままでいいと感じました。
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アジアで働いていたソマリランド人経営のホテル(中国風)
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[ 2010/08/13 23:50 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

アフリカのオアシス 

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ハルゲイサで数日過ごした後、ソマリランドの良港「ベルベラ」という都市に向かいました。
ソマリランドは、違う都市に行く場合、事前に警察所に出向き、許可証を発行してもらわないといけません。

ベルベラは、人口20万人といわれるくらい小さな町で、エチオピアの輸出・輸入港・ソマリランドの貿易港として機能しています。

ベルベラにはオスマン帝国時代に作られたオスマン建築といわれる建造物が数多く残っていますが、劣化のためか多くの建物は崩れた遺跡となっていました。
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ハルゲイサからベルベラまでは車で2時間。
インドの中部で見たような大地が一面に広がり、ピラミッドみたいに尖がった山が時折並んだり、長い平らな岩が見えいかにもアフリカって感じがしました。ちなみにソマリランドには野生かどうかわかりませんが単独で行動するラクダも見かけます。
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車内では、フィンランドとオランダに計7年住んでいた見た目は普通の24歳の男性と一緒になりました。いろいろ質問してみました。

・フィンランドとオランダどっちがまた住みたい?→即答で「フィンランド」やはり、学校が無料・医療が無料ということからです。
フィンランドに限らず、日本、アメリカ、シンガポール等など先進国でのレベルの高い教育(パソコンを使った授業など)を受けれる国に住みたいとのことでした。彼の携帯には、フェイスブックやツイッターのサイトが登録されていました。

この国が世界的に認められたらどうなると思う?→「中国企業がたくさんやってくるだろう。俺は中国は好きではない。中国企業が進出してもソマリランド人の生活水準向上には繋がらない。日本企業はいいさ。社会に貢献しているだろ。例えば車。この国で走ってる全ての車は日本車さ。(個人的に99.5%が日本車。0.5%は韓国の車を見かけたから。)」

・日本はどんなイメージを持ってる?→「日本=テクノロジーさ。みんなそう思ってる。」

・この国の人から見て中国はどんなイメージ?→「大抵の人は、良い国だと思ってるよ。俺はコピーの国で良いイメージはないけど。」

・なんでみんな"チャイナチャイナ"と言うの?→「はは笑。中国人が多いからだよ。エチオピアを知ってるだろ?あの中国人の多さを。」

・中国人と日本人の見極め方を知ってる?「もちろんさ、目が細いか大きいか。君は目が細いから悪いけど中国人。。。」っとそんな話をしているとき、隣のじいちゃんに声をかけられた。
「あれは中国企業の靴の工場だよ。」
その場所は、首都とベルベラとの間くらいのところで何もない大地にポツンと建っていた。


彼にいろいろ教えてもらいました。
ソマリランド国内の携帯電話の通話は一分0.03$~0.05$(2.7円~4.5円)ととても安い。初日に会った学生が何度も電話をかけていた理由がわかった。
そして驚いたのが医療関係無料。学校もシランヨ新大統領(憶えやすい)に変わってから無料になったみたいです。
詳しいことは、僕の語学不足によりわかりませんでしたが、「この国意外に進んでる?」と思いました。コンドームはそのへんの店で売られていない。コンドームは付けない。子ども10人が平均。

あと、個人的に気づいたのはインターネットの速度がアフリカの中で恐らく一番安定していて、速度も速いこと。Telesomというソマリランドの企業みたいです。しかもネット屋さんが一時間13円ほどで、これも世界最安値でしょう。
この値段だと、大抵の国民はネットを使える環境だと思います。英語を話せる人は半数よりやや少ないと思いましたが、英語教育も力をいれてるみたいでした。

レストランで昼飯を食べてるときに、「あなたジャーナリスト?」と隣にいた親子ずれに声をかけられました。美人な人で英語がとても綺麗で聞き取りやすい。数年前にロンドンから帰国し、今は車で国内旅行中とのこと。
彼女の指には、かなり大きな宝石の指輪をはめていました。彼女曰く、この国の女性は大きな宝石を身につけることが良いとされていて、ソマリランドは安く買えることから100万円の宝石を買うこともあるといっていました。時々、海外で売る人もいるみたいです。
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アデン湾のビーチ。イスラムの人は泳がないため数キロ続くビーチ独占♪
[ 2010/08/13 23:38 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

ヤギの気持ちになってみよう! 

アフリカはヤギが多い。ここソマリランドもその一つ。

政府の国家予算は5000万ドル(約45億円)。その75%は、ラクダやヤギ、ヒツジなどの家畜による輸出歳入です。(←記事から)

旅をしていてヤギに産まれなくてよかったと思ったのはアフリカを旅してから。車の荷台にヤギを載せるためにいうことの聞かないヤギの片方の耳や角を持ち引き入っている時の、ヤギの鳴き声には心が痛むものがありました。

ヤギが放牧されてる時にいつも食べるてるのが草。それを真似たかどうかしれませんが、ソマリランドの男達は昼間からただの葉っぱをムシャクシャ食べています。

これが、チャットという葉っぱなのですが、市内には数えきれないほどのチャット屋が屋台として構えています。チャット屋の他にも、スイカ屋さんや、フルーツさんなど、いろいろな屋台がいたるところにあります。 14101148_505160302_39large.jpg
(甘い。一玉100円!10円単位で切って売ってもらえる。)
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チャットは、特に変わった臭いもしないのですが、覚醒効果や"集中力を高める効果"があります。イスラムの国は飲酒が禁止になっているため、このチャットがアルコール代わりになっているみたいです。

欧米の多くの国では違法とされる麻薬の一種です(日本では規制の適用外)。(←記事から)

日本では規制の適用外と書いてることから捕まらないのかな。って思ったのですが、本当に覚醒効果があるのか試してみた。ホテル近くのチャット屋に行き、屋台の中に入れさせてもらい買う人の観察をさせていただきました。
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チャットは、布に被せていたり、大量の藁の中に入れてたりして、時折束の位置変えをするのですが、これは葉っぱの鮮度を落とさないためだと思います。
威勢の良い売り手の声に人は集まり、渡された束を持ち葉っぱの状態を確認します。チャットは一束、1$前後で売られています。買っていく人の歯を見て行くと、さっきまでチャット噛んでただろ?ってくらいに歯と歯の間に緑の葉が詰まっている。そして歯ブラシで歯を磨かないためか歯が黄色く汚い。極稀に女性が買っていく姿も見受けられました。
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噛むと出てくる苦い葉っぱの液。葉っぱにより苦みが変わるけど、苦いものは吐き出したくなるほど、水を一気に飲みたくなるほど苦い。そんな陽葉を数時間噛み続けることにより、覚醒効果が現れるみたいだ。

苦みを我慢しながら噛み続けること5時間がんばるも残念ながら覚醒効果は現れなかった。
不味いものも食べていれば慣れるというが、チャットを時々もらい噛んでみるけど、やはり好きになれなかった。


この絶大なる人気のチャット。実はエチオピアで生産されているため、海外で働いているソマリアランド人が母国に送っているお金がエチオピアに流れてしまうことになっているみたいで、"需要が上がるに連れ、自国の経済が萎んでいく構造"になっているみたいです。(←記事から)

現地では、カートとかグリーングラスともいわれていました。
[ 2010/08/13 23:35 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

ソマリランドコミュニティー  

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(ソマリランドのシンボル)

「チャイナ、チャイナ」「シーナ、シーナ」「チョンチンチャン」「ジャッチェーン(ジャッキーチェーン)」とハルゲイサは道を歩いてるだけで幾度と大声で発せられる。
立ち止り「俺は、日本人だ!」と、わかってもらうも、たまたま通りすぎた人や車の運転手にまた「チャイナ、チャイナ」と言われ続けて、初日にしてこの国から早く出たい気持ちだった。

「ジャパニーズだ。」と主張すると、家の奥からじいちゃんが出てきて、「ほんとに日本人か?」とも言われた。「そうだ」と、じいちゃんの目を見つめながら言うと、「はい、嘘うそ。お前中国人だ。」とあざ笑われ、JAPANパスポートを見せて納得させた。
じいちゃん曰く、ここに日本人が来るわけがないと思っていた様で、大昔に日本に行ったことがあるから日本人の顔くらいはすぐわかると思ってた様子でした。

これまでアフリカを旅していて、「チャイナ」といわれることには慣れていましたが、外国人がめずらしいのか1分もたたずにして言われます。もしこれが「かっこいい!」とか「きゃー!イケメン!!」と言われてるのなら話は別ですが、僕は中国政府に対してあまり良い印象がありません。

僕の視線からすると、日本に対して愛国心があるので、チャイナと言われると、冷やかされてるように感じ苛立ちますが、彼らからの視点からすると、アジア人=中国人と思ってるので、日本人が白人を見て、「あれアメリカ人じゃね?」とカナダ人に対して言ってるのと同じかもしれません。

なのでポリスマンという比較的学歴のある職務の人に「チャイナ」と面白がって言ってた人に、英語を理解している人だったので、
「あなたの言っている意味わかっていますか?日本と中国は仲が悪いことを。もし僕が貴方に対して"ソマリア人"と言ったら良い気持ちにならないでしょう?あなたの言ってることはそれと同じなんですよ。」
と言うと、ふ~んそうなんだ。っていう程度で話が変わっただけだった。そんなポリスマンの学歴を聞くと、エチオピアの名門大学卒でした。(インドでだと、すごく謝ってたのにな~。)

全員が全員ではありません。中には「どこの国の方ですか?」という人もいるし、初めに断りを入れて「中国人ですか?」という人もいます。そういう人達と話をしていると、海外に住んでいた。という人が多いです。"数年間"「海外で働いていた。」「勉強していた。」「住んでいた。」という人とハルゲイサ滞在中に何人にも会いました。
そこから見えることは世界中にソマリランドコミュニティーがあるということです。

滞在中に気になったのがやはり一部の警官でした。
警察署に用があり立ち寄った際、どこのホテルに滞在してるのか聞かれました。
ホテルにチェックインしてすぐのことだったので名前を忘えていたことから、ポリスマンが確認のため一緒についてくることになりました。
「この国は安全な国だ。ただし夜は気を付けて。出歩く際は、遠出はしないように。」「物乞いが多いかもしれないけど、外国人はお金は渡さないこと。」
と話ながらホテルに着き、部屋の中も確認され、別れ間際に「せっかくだからお茶でもしよう。」と誘われました。今まで経験上こういうパターンは良いことは起きません。

「せっかくだけど、今日はもう部屋でゆっくりしたい。」と言うと、親指と人差し指か中指を擦り何かを要求してきます。わけがわからないふりして、「何?」と聞くと、小声で聞き取れないも「マネー」という言葉だけ聞き取れました。
やっぱお前もか!と思いながらも、いくらか聞くと5US$。レストランに行って、お茶二人分でも1$です。そんな彼も、21歳のエチオピアの名門大学卒業でした。

エチオピアの名門大学はエチオピアの首都にあるのですが、そこには僕が何度も通ったソマリランドコミュニティーがあります。
エチオピアのソマリランドコミュニティーに行けばわかりますが、日中からチャットを噛んで変な人が多いし、「チャイナ・チャイナ」と言われます。
そしてエチオピアでは、世界トップと個人的に思ってしまうほど物乞いが多いです。
それらを10日間ほど見ていたことから、エチオピアのソマリコミュニティーは良い印象がありません。

アフリカでは汚職がとても多い。日本でも○○県警裏金や、政治家の裏金といった汚職は多いですが、それと同じように多いです。アフリカの場合、給料が少ないせいか、立場によるものなのか賄賂要求っといったものが多いため、国全体から見ても発展できていません。
[ 2010/08/13 23:31 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

「地図に載ってない国」ソマリランドへようこそ 

「地図に載ってない国」ソマリランドへようこそ。(←記事から)

「検問」
エチオピアの首都からワジャーレというエチオピアとソマリランドの国境までハイエースとバスに乗り約14時間。
首都から数時間走った町までは、比較的綺麗にアスファルトが引かれていました。立体交差まであり、この国の最貧国といわれることを忘れるくらいでした。
その途中で気になったのが、FUJIFILMと書かれたお店です。アフリカのみならず、いろんな国で多く見かけます。Kodakも多いです。

朝起きると太陽が登っており、周りの景色が一面大地でところどころに木が生えており、これぞアフリカという風景が広がっていました。

大地と点々と生えてる木に数十分間隔走り、時折現れる半円上の形をしたソマリ遊牧民の伝統的な家。モンスーン・高地のためか風が吹き荒れて、家の周りを布と布を張り合わせた切れ端が波立っていた。

どこにエチオピアとソマリランドのイミグレーションオフィスがあるのだろうと、左右に店が並ぶ直線の道を歩いていると、警備員に止められ「(エチオピア側の)出国スタンプがない」と、300mほど不法入国していることに気づいた。それぞれの国民は特にスタンプなく入出国できる様子でした。

国境の町は青や赤といったビニール袋が散乱され、これが後々知ることになるチャットと呼ばれる葉っぱを入れる袋だった。
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皮肉を込めて「ハルゲイサの花」と呼ばれてるとか。*ハルゲイサとは首都の名前

国境から"ソマリランドの首都"ハルゲイサまでは、アコードワゴン(ステーションワゴン型)にソマリランド人と乗りました。前席にドライバー含め3人・後部座席に4人・室内の荷物起きに3人と計10人。日本では最大乗車人数5人となっている車です。僕は荷物起きに前方に背を向け足を前方に伸ばすように座っていました。国境からは簡単に道が整備されてるものの一帯は砂漠なため、道は砂で覆われて砂ぼこりが巻き上がっていました。

外国人の出入りに関して厳しいのかハルゲイサに着くまでの2時間の間に5ヶ所の検問があり、「君はどこの国の人だ?」「職業はなに?」と、どの検問でもパスポートの提示を求められて簡単な質問を受けた。毎回質問される僕に、一緒に乗車していたソマリランド人達からは、「大変ね。日本人でよかったね。」と、外国人の厳しさに哀れむかのように言われました。
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キリン?
[ 2010/08/13 23:28 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

アフリカの新興国に行ってみた。 

こんな国もあるんだ~。っと軽く記憶してもらえれば幸いです。

世界一危険な国・世界一の失敗国家「ソマリア」と聞いて知ってる人は、多いと思います。海賊船で有名になった国です。
反対に新興国「ソマリランド」を知ってる人は世界的にもかなり少ないのではないかと思います。僕もインド滞在中までは知りませんでした。
ていうより、地図にも記載されていません。

僕が知ったきっかけになったのがクーリエジャポンという雑誌です。アフリカ大陸にはこの国に行きたくて来ました。

今回、ソマリランドの情報が全然ないため、この雑誌からの転用が多いです。転写禁止になっていないので転写してますが、ソマリランドレポートは転写禁止でお願いします。
雑誌からの転写部分は(←記事から)を付けています。


"20年以上にわたって、軍閥同士による血で血を洗う抗争が続くアフリカ東端のソマリア。
その北西部に一見、紛争とも無縁で、政治的にも経済的にも安定した、別世界のような"国"がある。世界から見放された「アフリカの角」と呼ばれる地域を訪ねてみた。"(←記事から)
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ソマリランドは1960年に5日間だけ独立しましたが、その後、周辺国と合併になり、ソマリア共和国になりました。しかし、国の実権は南部のソマリア人が握ってしまい、北部のソマリアの人々は南部ソマリアからの脱却を望む人が多かったため、1991年に「ソマリランド共和国」となりました。

ただしソマリランドはソマリアから一方的に独立した国なので、国際社会からは承認されていない国です。南部ソマリアとは比べ物にならないほど安定した政治・治安を続けていることから、国民はそれを誇りとしています。


国連からも承認されていない国なのですが、独自の通貨を持ち、パスポートもテレビ局もソマリランド大統領もいて国内では完全に別の国として機能しています。
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両替屋はお金を持って行けとばかりにむき出し。
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最高紙幣が500紙幣しかないので大金持ち気分♪

この国に行くに渡り、日本大使館の方、JAICAの職員、協力隊の方など、ほぼ全員の日本人の方やエチオピア人に渡航を止められました。
外務省の渡航状況にもソマリアという一つの国で見られているため「退避勧告」と書かれています。危険な場所に行くことに対して、度胸試しや、かっこいいからといったわけでは決してありません。

"現地の状況は、現地の人に"っということで、エチオピアにあるソマリ地区(ソマリコミュニティー)に何度も訪れ、彼らと現地の状況を確認しました。ソマリランド人と外国人とでは「超安全・超危険」の二極化にわかれるからです。

ソマリランドには一つのことを確かめに行きました。

「一つの国として承認されたら、ソマリランドは悪い方向に向かって行くのではないか。」

上記の点です。この雑誌はインド滞在中に読み、僕がずっと疑問に思っていたことです。

僕は経済学も何もわかりません。ただし他の国を周り、常にいろんなことを考えながら歩いてきました。

前置きは、これくらいにして、次の日記からソマリランドレポートです!!
[ 2010/08/13 23:25 ] ソマリア | TB(0) | CM(0)

NGO体験記 8 最終回 

長々、体験記読むの疲れると思うのでこれで最後です。

ウエルカムパーティ、送別会を、家のボス"ジェームス"の友人の女性宅でしてくれました。

たくさん出される手料理。チキンや、肉、野菜、ご飯にチャパティと…結婚式などしかでてこない、ここの人からしたら高級食品です。僕と面識のない彼女の立場からしたら、きっと迷惑そのものだったでしょう。

以前も書きましたが、ウガンダは男性優位の国。食事は、スプーンやフォークを使わず手だけを使うので食事前は手を洗うのですが、女性が容器に入った水を持ってきて僕の前で両膝を地面に付け、丁寧に水を注いでくれます。日本だと絶対ありえない光景。
女性同士の場合は片足だけ地面につけてることが多かったです。


その光景を見た時、キトゥグム生活2週目のことを思い出しました。
お昼ごはんを図書館の前で椅子に座りながら食べている時、11歳の女の子が僕が座ってる前で地面に膝をつき質問してきました。「明日は何時から始まるのですか?」翌日に開催される特別授業の質問だったのですが衝撃でした。

「僕は外国人だから、膝を地面に付けずに立って話してください。」っと言うも「?」って感じの表情でとても印象深かったです。聞く話によると子どもの場合、相手が男、女であっても、目上の人(例えば教師)でもそのようにしつけられることがあるみたいです。


このように2週間経ってやっと見えてくる文化や習慣があります。
援助をする側も、こういう習慣を知らずに無知の援助をしてしまうと、返ってトラブルの元だったり・間違った援助だったりします。

男性主義を壊す壊さないかは彼らなりに気づかないといけないけど、ウガンダの女性はそれに気づいてます。ホームステイしていたママは「女は強いのよ」っと。女性は男性に発言する権利がないため言えないでいます。

手を洗うということで思い出しましたが、ウガンダに限らず僕の行ったアフリカの国々の場所は思ってるほど不衛生ではありません。むしろ僕より衛生的な考えかもしれません(汗)
っというのも、食事の前は手を洗うし、洗濯はするし、アイロン掛けまでします。露店などでパンを売ってたり野菜なども売ってますが、基本的にみんなビニールを使い直接手に物が当たらないようにしてくれます。アイロン掛けは、それなりに所得のある人ですがしているので、ピシっとした格好に見えるし私服姿や、スーツ姿はかっこいいのです。
車でドライブ行く時は、汚れてたら時間がなくても、さらにはオンボロ車でもガソスタなどで洗車するくらいです。


話は戻り、このたくさん出された料理。あとあとの苦痛の始まりでした。
初めは、ジュースや水をコップに注がれ、食事も久しぶりの色んな具材からなるもので、うまいうまいっとみんな言いながら食べてたのですが、初めに飛ばし過ぎたせいか、水の飲み過ぎなのか料理がまだまだ残っているのに料理を取る手がみんな止まってしまいました。

"ジェームス"も僕たちが手が止まったことに気づき、「こういうパーティ事では、全部食べないと失礼になる。」と注意され、余ってる量を見て少しづつ手を伸ばすもやっぱりみんなギブアップ。
「料理はほんとおいしい。けど、食べ過ぎて吐く限界まで達してる。」そう彼女につぶやくと、わかってくれて、料理は片づけられました。みんなホッとしたのは束の間、次はなんと瓶ビール一本が配られます。
日本人からしたら初めにビールで乾杯なのですが、ウガンダの場合、こういうパーティでは食事のあとに配られるらしい。みんな愕然としつつも開き直り、30分かけて全て飲み終えました。人間がんばればなんでもできるものです。

さて、このパーティは、普通の家の中でしてくれたのですが、キトゥグム生活してるときに、色んな家の中におじゃまさせてもらい気づいたことがあります。

外観や内装といい、うす暗くボロいのですが、おしゃれに見せるためなのか、椅子やテーブルなどに白いレースを上に被せます。日本でいう野外パーティに使うよなプラスチック製の椅子にまで模様を模ったレースを引いてるので、初め見たときは違和感がありました。


大まかな体験記は以上です♪

代表の話しや、ボラさんの話をお聞きしてウガンダという国の悲惨さ、国を変えることができない国システムという架空の世界のような話が今もあるのだと。

日本の国システムって普通と思っていたけど、かなり進んでるんだなっとお話をお伺いして生で町を歩いてみて実感しました。僕はまだ25歳ですが、それでも地域の人に対して少しながらも貢献できるのだから、町を歩いてる時にしばしば変な錯覚に捉われていました。


参加した雰囲気を味わってもらえたでしょうか…?
体験記としてNGOに送ったものをアレンジして日記書きました。

長々読んでいただきありがとうございました♪
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[ 2010/08/01 23:21 ] ウガンダ | TB(0) | CM(0)

NGO体験記 7 休日 

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図書館の休みの日や、仕事終わりには、特別授業を開催したり難民キャンプ、Deef学校、町を散歩、郊外散策などに行きました。

その中で、特別授業と難民キャンプについてのことを書きます。

難民キャンプは町から少しバイクを走らすと、そこは一面が緑。町にはいない人達の生活姿を一部ですが見ることができたと思います。

難民キャンプでは、他の家と変わらない集落だったのですが、働いてる人がほとんどいない。っていうより田舎すぎるため働き口がない。主な収入源になるだろう野菜マーケットなのですが、あまり人が通らない道の横に並べられてるだけで、一日の収入もほとんどない感じでした。
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「おなかがボコっと膨れた栄養失調と思われる子ども」「おへそがボコっと飛び抜けて第二のおちんちんか?っと思ってしまう子ども」「子どもは素足で、服はぼろぼろ」問題を目の前にして、解決できるようなイメージが湧かなかったのが情けなかったです。

そんな風景を見ていて、もしかしたら援助ではなく、このままの状態のほうが良いのではないか?時代がたとえ遅れていたとしても間違えた援助をするより今のままのほうがよいのではないか?などと、頭をよぎりました。自給自足で成り立ってる感じでした。


特別授業では、図書館の看板を作るべくアートクラスと題して開催しました。
何週かに分けて開催したのですが、僕は期間の関係で二週目まで参加しました。
この看板作りを主催したのが、日本で高校の先生をしていた小野さんです。東京でアフリカの個展など開いてるみたいです。

子ども達にペットボトルの蓋や、瓶の蓋など落ちてる色となるものを集めこさせてきて、それをお箸を使いながらベニヤ板にふっつけてもらい終わった子どもから絵を描いてもらい帰ってもらい帰ってもらう工程です。お箸の使い方を知ってもらうことも狙いです。
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二週目は、看板作りを含めながら子ども達に絵具を使ってキトゥグムの町を書いてもらいました。
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ここの子ども達にとって絵具を使うのは初めてなのか、色と色を混ぜると違う色ができることを知らないため、「この色がない!」っと何度も呼ばれました。
この色と、この色を混ぜると違う色ができる。という考えは創造性を膨らますためにも必要なんじゃないかな?っと思いました。

子ども達の絵を使ってキトゥグムの町の紹介です♪
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[ 2010/08/01 19:09 ] ウガンダ | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


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