ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

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『中国』大理2ー(高級住宅街と飲める水) 

人込みを避けるため早朝に城内を歩き回る。
城壁の上では、扇子をもった女性が音楽に合わせて踊っていた。
扇子が開く瞬間の音が『パシャ』っとキレのある音で夢中になってみていました。
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大理古城はまだまだ開発が進んでるらしく、新しい建物がたくさん作られていた。
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朝8時くらいになり中国人観光客が増え出してきたので、飲める湧水があるという将軍洞に12路バスに乗って下関へと向かいました。
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<湧水を持って帰る人>
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ここの近くにある舗装されてない崖をよじ登っていくと下関の街を一望できるのです。
ガードされてる網を通り潜るので、捕まってもしりません。
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帰り道、高級住宅街と思われるストリートを通りました。警備員がおり、防犯カメラと思われる電柱が建っていた。
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大理には初日に、あまりにも感動したので、ここに長居しようと思ったけど、連日やってくる中国人観光客にあきあきしてしまい、2泊したあとリージャンに向けて出発しました。
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[ 2009/11/30 21:55 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

大理ー(初公開、ニーハオトイレ)1 

10月21日~10月23日
<大理>
未知の世界、大理。分かってることは、バックパッカーの沈没率が高いということだけ。
バスを下ろされ、左右分からず、とりあえずタクシーに乗って紙を見せ宿に向かった。35元。
高いな~と思ったけど何もわからないから仕方ない。4台のタクシーに聞いてこれが一番安かった。


バスを降りたところは大理下関ということがわかり、違う場所に古城というものがあるらしい。20分ほど走りやっと古城に到着。
ただ、タクシーの運ちゃん、道路逆走して、公安(警察)に見つかりキップを切られる。
逆ギレされるかなっと思いつつも、「チクショー!」みたいな感じで、自分に怒ってた。
俺を乗っけたのが失敗だったようだ。
(下関ー古城はバスで2元=30円で行ける。)


宿は三友客桟ってところ。3人用ドミトリーで15元=210円と激安宿。ニーハオトイレだけど、修行のためにここに決めた。
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<写真のほうを手まいにして用を足します。>

荷物を置き、古城散策。中国にこんなところがあったのか…。と感激。
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いや、ないとだめなんだろうけど、まったく下調べせずに名前だけを頼りに来たので不意をつかれた。ゲーム(三国無双?)で行ったことがある城壁があり、「俺、こんなところで戦ったことある!」っと一人でいるのがもったいなかった。誰かとこの気持ちを共有したかった(>_<)
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さらに情報収集とmixiで調べる。日本レストラン『菊屋』のカツ丼がうまいとみんな書いてたので、行って確かめるべきだということで歩きまわって見つけた。
このレストランは情報ノートがある。今後の情報を…っと有益なものを見てたけど、他の国で見る情報ノートと違う。
ドラッグにハマり若者をドラッグに染めようとする中年オヤジの連中のことや、若者はちゃんと目的をもって旅してほしい。などなど
情報ノートではなく小説ノートになっていた。
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夜、ラオスで知り合った人(ワーホリ後、旅してる人)とたまたま会った。中国入ってからまったく英語が通じず中国が嫌になったという。
同意を求められたけど、俺はとくに中国のことが嫌いじゃないし、今のところ順調(?)なので同意はしなかった。もう一人旅はいやっていってたけど、今まで日本人とずっと行動してたのかな?っと思ってしまった。


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[ 2009/11/29 22:08 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

ニーハオトイレ 

10月21日
<クンミン>

朝6時、クンミンに到着。漢字でかかれた看板はでかく、中国にきたことを改めて実感しました。
今日はここで一泊する予定。事前に調べたユースホステルの住所と名前を頼りに、悠さんに教えられた
ように優しそうな女性に尋ねる
「ニーハオ」と言って、ここに行きたい素振りを見せる。

意味をわかってくれたようで、向こうのほうににあるバス停から、○○ というところで降りなさい書いてもらう。指さされた方へ歩いていく。ここで一つ気づいたこと。
それは人がやけに多い!まだ朝6時過ぎなのに、露店は開いて、お店もいくつか開いてる。そして、さらに驚いたのが大都市だということ。
俺のイメージでは内陸部は何もなく、誰もいないというイメージだったから驚いた。


バス停に向かう途中、いくつかの旅行会社に入り、英語が話せるかチェックするが、仕事に関係する少しの英語のみで道を尋ねても通じなかった。
バス停に到着し、優しそうな女性にどのバスに乗ればいいか尋ね乗り込んだ。


バスの料金は一律1元=14円。中国のバスは最新式みたいで、日本の市バスより遥かに上。バス内は液晶のモニターがあり、2両車両。アナウンスは中国語と英語だが、漢字の読み方がわからないので意味がない。運転手は女性で、紙に書いてもらった駅で降ろしてもらいました。


降りたところも高いビルだらけで、ほんとにユースホステルがあるか疑ってしまうほど。
まぁ、とりあえず教えてもらったバス停に降りれたことだしあとは、その辺りに歩いてる人に聞けばいいくらいだろうと思いながら、学生っぽい女性に尋ねる。
「ニーハオ」と先に出し、場所を聞くと「日本人?」っと返された。


あれ?この人日本人なのかなっと、「日本人ですか?」と尋ね返すと、「ううん」っと首を振られた。
この人はほんの少しだけ日本語が話せるみたい。服装や顔の白さ、靴を見ても日本人そっくりだ。


ユースホステルの場所を聞くと、顔をしかめて、ここは違う区だとジェスチャーと執筆で教えられる。
行き方はわからないと言うことで、「シェイシェイ」といって別れ、「クンミン駅」に戻った。
帰りのバスは出勤ラッシュとあってか、人が混んでいて俺のバックパックが申し訳ないくらい。
男性はスーツを着て皮靴姿。イメージできそうでできてなかった中国人の服装。

駅に戻りとりあえず、そのあたりをブラついてると、一人のおばちゃんに声かけられた。ノートを見せ、ここに行きたいことを告げると、おいでおいでと手を振られる。これは期待できる!っと着いて行ったら、長距離バス乗り場。
どうやらこのおばちゃん、俺のノートの違う文字を読んでたらしく「大理」と書かれた文字を読んでたらしい。大理はクンミンのあとに行くつもりだったけど、宿を見つける自信が沸いてこなかったので、そのままチケットを買うことにした。

だが、金が足らないことに気づき、ATMに入り金を下ろすもVIZAが対応しておらず、近くにATMがないみたいなので、値切ってチケットを買うことができた。79元=1106円

大理に向かう途中に高速に乗り日本の道路と似てることに気づいた。看板が同じ。なんか道路の作り方も似てる感じがする。ただ、車があまり走ってない。日本の12倍くらい走っててもいい感じがするけど、日本より少なかった。
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<オービス>

中国人が運転する車は左右確認をしないためか、二車線なのに追い抜く間際にホーンを鳴らし注意を呼びかける。
途中、パーキングエリアで休憩がありトイレに行くと、「ニーハオトイレ」。これがニーハオトイレというものかと肌で感じて後にする。ドアがない!う○こ流さない!ションベンするところにう○こが転がってる!精神的ダメージがでかかった。。。

そんなこんなで、クンミンから5時間後、大理に着きました。

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<家の家紋なのかな?>
[ 2009/11/27 21:13 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

ラオス→中国 国際バス 

<10月20日~10月21日>

ラオスは朝7時に出発。39000k=3900円
初の国際寝台バス。バスの中に2段式、横3列にならべてられていて初めて見る光景に、笑ってしまいました。


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<クンミン→ルアンパバーン 当て字>
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<ずっと寝ころべるので楽!>

バス内に乗客はたった1人。はい、俺一人だけで出発。
途中一時間ほど走ったところで人が乗って来て5人になりました。

乗ってきた人は皮靴をはいており、スーツも着ている人もいた。
ラオス人はみんなスリッパだったのに。。。
そして、ラオスで買ったと思われる電化製品(ポットや炊飯器など)を車内に持ち込んで来たので中は窮屈でした。

道はガタガタ道。土と石をミックスした道路。ところどころアスファルトもあるが、陥没してるところもありました。国境数十キロ手前からずっと続いてた道路工事。たくさんの男の人たちが働いていました。ところどころにある大きなテントやでっかいフライパンもあることから、住み込みで働いてるのだろう。

そうそうラオスの人口が、たったの500万人しかいないということを、日本の友達との情報交換で知りました。この500万人という数字は公表されてる人数ですが、山間部にはかなりの子どもの数&人がいるので、もっといるだろうなっと思ったしだいです。


山と山の間を通る川。標高の高い山脈地帯の風景でとても美しく、飽きることはなかった。


山中を走ってると、ポツンと竹でできた数件の家があり、牛や鶏を買って住民たちは外でただ座ってるような感じでした。


<列を並べ!中国人!!>

夕方5時ころに国境に着き、出国手続きをしにバスを降りてゲートまで行き、窓口までいくと、そこには
扇状に群れる人の集団。我先にと俺のパスポートを…と係り員に向かって手の伸ばしあい。
パスポートに書かれてる国籍を見ると中国。これからこういう戦いが始まるのかと、まずは腕試しに群れの中に入り込んでいくが、簡単にはじき出される。何度挑戦しても群れの中にうまく入りこめなかった。そんな俺に見かねたのか、バスの運転手が助けてくれて代わりに係り員に渡してくれました。


無事に出国手続きが終わり、次は入国ゲートへと向かいました。
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係り員に鞄の中を全部だされチェックされました。ちなみに俺のサブ鞄の中に入ってるものはパソコンと本5冊と細々した物。後片付けは、いつも自分でしなくちゃいけないけど、中国の場合、係り員の人が丁寧に鞄の中へ入れてくれ、鞄を掴みやすいように渡してくれて、とても気持ちがよかった。
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<中国側。国境渡るだけでラオスとえらい違い>


入国カードも自分(係り員)のペンを貸してくれて書き方を教えてくれ、さっきの群れのことは一瞬で忘れました。

無事入国を終え、外へでると、女性に囲まれた。
中国人は俺みたいなの好みなのか?と思ってたけど、何てことはない。ただの闇両替のおばちゃん達だった。レートがよくわかんなかったので、少しだけ交換しました。


国境渡った先は新しい家が並んでいました。道路もちゃんと整備されており、標識も親近感がある色。そこにはすべて中国語で改めて中国に来たんだっと実感しました。
国境から中国人がたくさんバスに入ってきてバスの中は一杯になりました。
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みんな男の人は皮靴とスーツのジャケット?を着てて、女性も今の日本みたいなファッションをしてて驚いた。
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<盗難予防に靴を袋で覆ってる女性>

その後もバスは走り続けました。道はほぼ一直線でトンネルがいくつもあり、中国の経済力を見せつけられた感じがしました。こう見ていると、タイの経済力はあまりないということがわかってくる。


途中、数回の休憩をはさみ、英語話せる中国人のおじさんと闇両替をし、手持ちのラオスマネーをすべて中国元に変えました。国境のおばちゃんの両替は騙されたことに気づく。

ラオスから国際バスで約22時間。漢字でお馴染みの国、中国(クンミン)に着きました。

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<クンミン駅、鉄道。>
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[ 2009/11/23 17:07 ] ラオス | TB(0) | CM(7)

再び、ルアンパバーン 

10月18日~20日

ルアンパバーン
中国のガイドブック等なにも持ってないので、情報ノートがあるという宿に泊まりました。
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ここは日本人がたくさん宿泊してる宿で、バンコクで見かけたNさんと再会しました。
バンコクで見たときは二人組だったけど、今は一人だったので、なぜか聞くと沈没(心地良いので長居してしまうこと。)してしまったらしい。
この町になにが魅力を感じるのか聞くと、街自体に魅力は感じないが日本語学校で生徒に日本語を教えることにハマったらしい。
ここにある日本語学校は、モンクも日本語を習いに来てるみたい。平日の夕方4時半から5時半までの一時間だけ開催されてるらしい。

ここに滞在中、日本語学校に行こうかと思ったけど、中国の情報収集&ネットの更新に時間使いたかったので断念。勿体ないことしたかな。


二日目の朝:近くに綺麗な滝があるということで、車をチャーターして見に行くことになりました。50000k=500円
      滝に着き、園内に入ろうとすると入場券を買えという。たかが滝ごときに金20000k=200円もとるのかっとブツブツいいながら
      中に入っていくと、まずは本物のクマーを飼ってるところがあり、さらに奥へ入っていくと、、、、

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青色とクリーム色を混ぜた滝壺に到着。またしても不意をつかれて感動してしまった。ターザンロープがり、欧米人がたくさん飛んでいた。ほんと神秘的な色でこんなところがラオスにあるだ。っと驚いたくらい。水着になり中に入ると冷たい!その横でT君が服を着たままターザンジャンプ。水の冷たさを知らず、服を着たまま飛んだT君の姿がおもしろかった。

滝壺に移動し、滝に打たけどあまりにも痛すぎて数秒でギブアップ。テレビで見たことのある仙人はただものではない!っと思った。一時間ほど遊び、さらに上にある滝へと向かった。
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ここは本当の滝って感じで、絵に書いたような感じだった。


夕方、ユウさんと偶然会って同じメンバーで最後の夜ごはん食べに行くよ!っと誘われました。ポーランド人のアダムは最後まで俺の名前はインターナショナルだから憶えやすいだろう!っと自慢していた。たしかに憶えやすいが。
レストランはユウさんが必死になって探したという、かなりムード漂うところで、店を見つけるのが難しい隠れ家的な高級居酒屋。
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<ブラックラオビアー>


夜、いろんな武勇伝を残してくれてるT君がなかなか戻らないからみんな心配して待ってました。拉致られたか?○。ってるのか?など、マイナスのことばかり。門限が過ぎたころ、奥から「ニーハオ」という声がして、みんな暗闇の奥を眺める。そしたらT君だったみたいで、明かりのあるこっちへと向かってくる。T君の服の姿がだんだん浮かびあがってみんな爆笑。裸エプロンらしきものを着ていました。
滝で知り合ったオジさん達と飲んでたらしく、そこで出会った人からこの"服"を買えば?と言われたらしい。それを買って着たT君の度胸に乾杯なのです。

<画像編集ミスって写真失った!ごめんなさい!!>


日本人宿もたまにはいいかも?っと思った日でした。
[ 2009/11/21 17:06 ] ラオス | TB(0) | CM(1)

ミニバン VS ローカルバス 

10月18日

翌朝8時半にユウさんと僕が乗ったローカルバス(10000k=1000円)が出発し、30分後にKさんとT君が乗ったミニバン(12500k=1250円)が出発するので、ルアンパバーンまでどっちのが早く着くか競争することになった。
本来ならミニバンの方が目的地まで早く着くことになっているため、値段は高く設定されている。


なぜローカルバスに乗ったのかというと、ミニバンは疲れるから。ぎゅうぎゅう詰めで身動きができないから疲れる。その点だとローカルバスは人があまり乗っていないため
二席分を使うことができるので楽な姿勢でいられる。


結果はほぼ同着に目的地ルアンパバーンに到着。ミニバンは確かに速いが途中休憩が多く、その間にローカルバスが追い抜きの繰り返しみたい。


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バスの中では、俺の斜め前の人が銃を持ってたので驚いた。


昼休憩にKさんとT君と合い、T君は車酔いで気持ち悪いから楽になりたいと言ってくるので、ローカルバスの良さを伝えると「移ってもいいですか?」っと言ってくるので
そんなことするバカなことするわけないだろうと思い、どうぞっと言って、後にしバスに戻りました。
ところがどっこいT君がほんとうにこっちのローカルバスに移ってきて「移動しちゃった(笑)」っと一言。
荷物は?っと思ったが彼は小さいリュックサック一つで旅してることを忘れていた。


ユウさんも驚いたらしく、大丈夫かな~っと言いながら、バスは出発しました。
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<T君、出発直後に爆睡>


出発して数分後、バス員が人数の確認で乗員を数えていると、どうも人数が合わないみたいで首をかしげ、切符点検を開始。

最終的にT君が一番最後にチケットを見せることになり、バス員に起こされる。
T君も事情がすぐわかったらしく、事情を説明。バス員は英語を理解できないみたく、ユウさんが変わって事情説明。途中乗車料金40000k=400円を払い、解決しました。


道はトンネル掘るお金がないため山道を沿うようにできるてるので、クネクネ道。
日本みたいにカーブに鏡がないので、対向車が来ているのか分からないし、転落防止のガードレールなどもないためスピンしたり、左右の曲がり角間違ったら最後です。

途中、ガソリンを積んだタンカーが横転してガソリンをばら撒いていて、その横を近くに住む人たちがバケツなどで拾って家に持ち帰ってる姿が印象的だった。

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バスの運ちゃんがトイレでたまたま止まった道端は絶景地だった。
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ツイてた!
[ 2009/11/19 17:37 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

謎の壺と、英語教師 

<10月17日>
早朝、布団とけっ飛ばしてしまい、あまりにも寒さに目を覚ます。
今まで30℃近くのところにずっといたため、ここが標高1000メートル前後ということを
忘れていました。気温15℃くらいしかありません。


翌朝7時半にツアーの車で、ジャール平原へと出発。

これはなんのために作られたのか?ガイドの人が説明してくれるも、理解できず
ふ~んで終わってしまいました。
でっかい仏像や、米酒造などにも連れてってもらいました。

何もない平原だけど、、、
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1900万の地雷が埋まっていて、その中の4900の地雷を撤去しました。ってことらしい。
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ジャール平原。ほんとなんのために作られたのか分からない壺だった。
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こんなでっかい壺も。中は…秘密。
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一眼レフで撮ってもらった。めっちゃ綺麗!!
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売春は止めよう!ことのチラシかな?
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将棋をしてる人は発見。中国文化でしょうか。
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ツアーを組んでくれた方とその子ども。かわいい(*^_^*)
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夕方、小学校に見学に行くということなので一緒に連いていきました。
学校につき、先生達と対面して軽く自己紹介。ここまではよかったんだけど、話がへんな方向に進み、ちょうど5人いるから変わりに先生をしてくださいっと言われる。
俺以外、マジで?ラッキー!!っという感じで喜んでるけど、俺は胃が痛くなった。英語なんて教えてもらう立場にいるのに…っと。


そうこうしているうちに、チャイムがなり先生に教室へと引きずり込まれる。
軽く挨拶して、教科書を見してもらい、ちょっと難しいことしてるな…と思いながらも、なんとか教えてる範囲だったので、発音とか、生徒数人を一組にして教えて周るもどうも効率が悪い。生徒は喜んでるけど、内心はどう思ってるのかっと気になってしかたなかった。


45分後チャイムが鳴り、生徒から拍手してもらい写真撮り、やっと終わった!っとホッとして職員室に向かいました。
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お菓子を食べていると、先生たちが欧米人たちの授業に喜んでしまってあと二限お願いしますという。冗談じゃねぇよ…っという気持ちを隠し、台湾人のユウさんに相談。
「相手は子どもなんだから、そんなに難しく考えずに教科書通りに気楽に教えたらいいんだよ。子ども達の発音は気にしちゃだめ。」っとジェスチャー付きで授業の仕方を教えてもらい、思い腰を上げて教室に戻った。
言われたとおりに、教科書通りに進めるも、日本の話せない英語を教えてるようで気が重かった。ただ、授業はたんたんと進み、フィリピンで学んだことも少し含め、あっと言う間に時間がたった。


休み時間後、ユウさんと会話し、日本みたいな話せない英語の授業でもいいんですか?っと聞くと、「ここは日本じゃなくラオスだよ。授業はどうあれ、外国人がたくさんいるから、練習きるんだよ」っと言われる。たしかにな…と思い、最後の授業。やっぱ、俺にはこういう授業は向いていないっとわかった。だって俺が喋ってる一方でおもしろくないんだもん…。


授業後、他のクラスの生徒と話し、だいたいみんな同じことを聞いてくるんだなっと思った。年齢は?結婚してるの?彼女いるの?どこに泊まってるの?


その後、先生達と写真を撮り、バイバイしました。
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夜、KさんとT君と出会い、夜ごはんを一緒にしました。
[ 2009/11/18 17:29 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

謎の壺がある町。ジャール平原 

10月16月
<ジャール平原>
本来ならラオスの首都、ビエンチャンに行く予定だったが、スケさんから、「謎の石壺がたくさん置かれた平原があるよ。」っということを聞きつけ、急遽ジャール平原にいきました。120000k=1200円


ミニバンの中で、ポーランド人と台湾人・イギリス人・フランス人の人達と友達になりました。
完全にインターナショナル。おもしろいのが、最初は英語でみんな話ししてて、1時間ほどしてから「どこの国の人?」という話になったというところ。英語ができれば、国など関係ないっということがわかった時でした。
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台湾人のユウさんは日本の大企業で5年間働いていたことがあり日本語ぺらぺら。さらに仕事でタイとヨーロッパ圏に何度も行ったこともありタイ語と英語が堪能というすごい人。ラオス語とタイ語は似ていることもあり、ラオス人に対しても普通に話をしている。
年齢は55歳で見た目もそのくらいなんだけど、ほんと旅を楽しんでるって感じで、現地の人に冗談をいったり・ヨーロピアンを笑かしたりと扱いがうまく、まったく55歳には見えなかった。
「君はまだ若いからこれくらい簡単に身につけれるよ!」っと日本語で言われる。<無理です。。。>


予定時刻より2時間遅れの5時に、ポーンスワアンに到着。翌朝の平原巡りのツアーに彼らと申しこみ。オリジナルルートで行くことになった。一人95000k=950円

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この町に来て初めてわかったことなんだけど、ここにはたくさんの地雷が埋められており、現在もたくさんの地雷が埋められたままという。戦争で使われた武器が店の門にたてかけられたり、飾ってるんだからその多さは半端ないはず。
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夕食中、ユウさんからポーンサワンのあとはどこに行くのか聞かれ、首都のビエンチャンに行き、国際バスで中国のクンミンに行くというと、首都にいってもなんもないし、数十時間かけてルアンパバーンまで戻ってこないといけないんだから、ルアンパバーンに行くことを進められました。
ビエンチャンには、ミャンマーで60歳の女性と知り合った際に、ビエンチャンに来るならぜひ日本語学校に行ってください。っとすすめられたから行こうと思ったところ。
このとき、どうするべきかずっと悩んでた。
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<左から、指名手配犯、台湾、イギリス、ポーランド、フランス。>

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<バッファロー:なんだなんだ?>
<俺:こっちみんなwww>
[ 2009/11/16 17:04 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

イヌの散歩 

10月15日

今日はおいらが日記書くワン

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ここは、バンビエンのメインストリートだワン!
7時くらいから通学の子たちが自転車で通るわん

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夜はネオンの町に変わるんだワン。もちろん欧米人に気にいってもうためだワン。

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この町のお店は毎朝、店を開ける前に各自で掃除するワン

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曲がった橋だけど、一年くらいは崩れないワン!

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床屋さんだワン。おいらはいつもここで毛を整えてもらってるワンワン!窓・ドアがないから開放的ワン

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川はおいらでも足がつくほどの浅瀬なんだワン


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小学校だワン


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最近できたコテージなんだワン。バンビエンは最近、ホテル建設をたくさんしてるんだワン

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オスメス 奥も男の子と女の子なんだワン!おいらは…


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ちょっとアップで撮りすぎだワン。

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久しぶりの日記で疲れたワン。



[ 2009/11/15 02:37 ] ラオス | TB(0) | CM(2)

<欧米人大喜び、バンビエン> 

10月14日~10月16日


半径500mくらいにいろんな店が並ぶ小さな町バンビエン。
ここは特に観光名所となるところがないくらい何もないところ。

ルアンパバーンから朝9時に出発し、15時に着きました。(125000k=1250円)
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<途中の休憩風景>

ここへはチュービングが楽しいっという情報で来たけど、チュービングって何?と知らずに来ました。
ここへ来る途中のバスターミナルで、日本人のスケさんとAさんと出会い彼らに、チュービングトとはなにか?と聞くと、ようするにでっかい浮き輪にお尻をいれて、川の流れに沿いながら下流まで流れていくらしい。
下流までの途中にあるBARなどに止まって、時間をかけたりしながら川を下っていくのです。



バスターミナルで知り合ったシンさんとチュービングしました。この旅始って、初めての日本人との行動。
シンさんは俺の辿ってきてるルートと同じ+@で他の国に行ってる感じで、全世界の国を制覇しようと企んでるすごい人です。
そして奇跡的にも2ヵ月前くらいにmixi(SNS)の某コミュニティーで「チベット行きのツアー募集」の書き込みをしていた人で、その書き込みをちょうど見てたので、まさかこんなところで出会うとは思ってもなかった。


朝一とあってか、どこもお店がやっていなく、途中にあっためっちゃおもしろそうな滑り台やターザンロープもできずじまいでした。
ただ、途中一件だけお店に引き寄せられるかのように入っていくと、従業員らしきひとはみんな椅子の上で寝ててやる気のない状態。
奥からでてきた、兄ちゃんに「ハッピーメニュー?」と聞かれました。
ハッピーメニューとは大麻を入れている料理。もちろんラオスでも法律で禁止されています。「No No」と言いながら、この店をあとにしました。
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その後、宿に戻りシャワー浴びて街中を一人で散歩。牛がわんさかいる道を歩き、毛並等を拝見。毛並や太り方はミャンマーよりかよかった。
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<牛:「オイルください」>
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<川渡り>

牛の散歩をじゃませずに歩いてると横にそれる田んぼ道を発見。この一直線に伸びる道が興味をそそがれ、田んぼ道へと歩く。
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この先になにがあるのかもわからないまま歩いてると岩山に着きました。とりあえず登れる道があったので登っていくと洞窟を発見。たまたまライトを持っていたので入っていきました。この洞窟は誰かいつも来てるみたいで、ちゃんと整備されていました。
結構奥のほうに入ったところで、子どもが入れそうな穴があり、試みるも頭しか入らず断念。ここで引き返すことにしました。
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夕方、シンさんから教えてもらった、ポーンサワン行きのバスチケットを買いに行きました。
バスのスタッフからオピュいる?っと聞かれるも、何それ?っと聞き直すと、なぜ知らないんだと驚いた様子。英語で説明できないと言われる。
あと、道端でタバコ吸ってるところを警察に見つかったら罰金500ドルだから吸うなら部屋の中で吸いなよっと教えられる。

宿に戻り、シンさんとAさんにオピュってなに?っと聞くとオピュームのことじゃない?っと教えてもらった。ドラッグの一種らしい。。。
ラオス、、、話には聞いていたけど、ドラッグ大国みたい。



夜、この宿に泊まってた男2人組(KさんとT君)と会い少し話しました。
Kさんは僕と同じように世界一周中で、お金が尽きたら旅終了。このあと、タイ→ミャンマー→バングラディッシュ→インドと行くみたい。T君の情報はこの時点では得られず。

反対にT君から「旅は長いんですか?」と聞かれ「4ヵ月近くフィリピンで留学してました。」っと返すと、興味深々。
今までこんなに興味深々に聞いてくれる人いなかったから、なんか変わってる人だなっと。少し感じてた。



夜、宿に泊まってた日本人の人たちと一緒にご飯を食べに行き、旅の情報交換や世間話などをしていたら、タイの話になりT君からカミングアウト
みんな笑いの渦に飲み込まれ、やっとT君の話を聞くことができました。彼は一人旅は初めてで、タイのカオサンロードに行けば旅の情報を得られるとネットで見たらしく、
小さなリュックサック一つだけでタイに来た模様。カオサンロードにあるMPツアーという日本人経営の旅行会社で知り合った女性(Sさん)とラオスに来たらしい。
ガイドブックはタイと、カンボジアしか持ってないのにラオスに来たとか。そして、Sさんは翌日ラオスの首都、ビエンチャンに行くので、その引き継ぎ約にKさんが選ばれたみたい。
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結局、その後はT君の話で一日が終わりました。




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<とある宿の宿泊名簿写真>
[ 2009/11/14 20:02 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

世界遺産 ルアンパバーン 

10月10日~10月13日

世界遺産の町、ルアンパバーン。古都らしいが、まったく世界遺産に思えなかった。新しい建築物がたくさん立ち並び、どこから見ても普通の町。


ただ、宿はどこも綺麗で、水、バナナ食べ放題!今まで行った国の宿と比べても、一番良い安宿街です。

なにもない古都を歩いてて目を引くのがナイトマーケット。今までいった国と違い、新しく見る物が多く新鮮。
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<傘>

鶏肉はでっかく、安い!150円。フィリピンより少し高いけど、こういうでっかい鶏肉を売ってるところはフィリピン以外にはなかったので噛みつく!
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<魚一匹250円、醤油がないので食べにくい>


一日中歩き回り、薬草サウナなどに行き、翌日からはwifi目的にカフェに通ってました。

ラオスは昔、フランスの植民地とあって、フランスパンがおいしい。フランスパンに切り込みを入れて卵や鶏肉、トマトなどをトッピングしてくれます。屋台で50~100円くらいで、フルーツをミックスしたジュースは50円ほど。

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<サンドウィッチ(卵・ツナ・キャベツ)>
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250円するけど、wifi使いたい放題なので実質50円くらいになるまでwifi使ってブログ更新してました。

<モンクの朝。>
ラオスは仏教心が強く毎朝6時くらいから托鉢が始まります。
托鉢とは…モンクが飯をもらいに朝、外にでて丸い壺の中にご飯を入れてもらいます。
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初めて見る光景で不思議だった。ミャンマーでは、モンクが一件一件の家や屋台などを周りご飯を
得ていたけど、ラオスは一列に並び道で待ってる人からもらう感じで、同じ仏教でも少し違うんだな…と思った。

托鉢が終わったあとは、朝市を見に行きました。

ラオスの朝市は…グロいです。
メコン川に生息するナマズみたいな、ヒゲが生えてる魚や、野菜等はいいとしても牛か豚と思われる生足が売られてたのには引いた。蜂の巣もすのまま売られていたり、食欲が少しなくなりました。

<写真非公開>


ルアンパバーンには約3日間滞在しましたが、毎日サンドウィッチを食べてました。
[ 2009/11/10 16:20 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

競艇並の速さでメコン川下り 

チェンマイからチェンコーンに向かいました。
チェンマイのバスターミナルから8:30と13:00のバスがあります。211バーツ=633円
8:30のバスに乗りたかったけど満席のことなので13:00に乗りました。
1時間半遅れの20:30にチェンコーンに到着。
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<メコン川>

翌朝8時国境に向けて出発。イミグレを通過し、メコン川を渡ってラオスに入国しました。
向うは350キロ離れた世界遺産のルアンパバーン!

チェンマイからルアンパバーンまでバス(1000B=3000円)で行くこともできるけど、どうしてもボートでいきたかった。

なぜかというと、競艇並の速さで川を下るボートがあるという情報をミャンマーのGHでゲットしていたから。競艇はだいたい80~85km/hだけど、ラオスのボートも80km/hほどの速度です。


過去に死者もでてたり、転覆したり、荷物が川に落ちたりする事故が発生してるみたいです。
そんなスリリングな体験は絶対したい!っという気持ちにミャンマーから駆られ続けてたのでスピードボートを選びました。


ただ、予想外が起き、値段がありえんほど高い。1700B=5100円。
バンコク→ヤンゴン間の片道航空券に匹敵する値段なのです。


事前の情報では3500円ほどだったので、それくらなら…っと思ってたけど
5100円はあまりに高い!高いと思ったら日本感覚に戻って再度考えて、いつもは納得するけど5000円以上はほんと理解に苦しんだ…。
下手したら5日分の生活費に匹敵してしまうのだ(笑)


スローボート(1200B→3600円)でルアンパバーンに行く手段もあるけど、1泊2日もかかるボートは無理!(ジャカルタ→ポンティアナ間の42時間船で懲りた。)

バス(1000B→3000円)での手段は夜行バスになってしまう。ただ基本的に夜行バスは乗りたくないので論外。
時間と、苦痛を見てもトータルしたらあまり変わらないので、スピードボートで6時間に行くやつに決めました。

ただ高い金払ってまで危険なスピードボートなんかに誰も乗りたい人がいるわけがなく、はしゃぐのが大好きな欧米人もスローボート。
スピードボートは6人集まらないと出発しないので一時間半くらい待ちました。
受付の兄ちゃん曰く、「いつもスピードボート出発するのは10時くらい。日本人はいつも来るのが早いんだよ。」
その人の話通り、10時過ぎに人が集まり出発したのでした。


アメリカ人3人、カナダ人2人の計6人。みんな大都市出身のお嬢様。アメリカ人の女性は韓国で英語の教師やってるらしく、俺の英会話を褒めてくれた。


先「いつから英語してるの?」
俺「使える英語の勉強してたのは半年前に三ヵ月間、そのあとずっと旅行中だよ」
先「どこで?大学?仕事?」
俺「フィリピンで留学してました。」
先「おぉ、良い選択ね!」

韓国人は憶えが悪いと言ってたけど、日本と同レベかなっとも言っていた。けど、深い話はまったくといってほど理解できません。。。


ボートに積まれたエンジンは自動車用エンジンがで~んと後部に乗せられていて、ダイレクトにプロペラと直結されています。狭い座席に2人が座り体育座り。これで6時間はキツイと思うけど、お尻にライフジャケットなどをひけば膝角度が90度に近づくのであまり疲れない。ヘルメットは全員分あるけど、みんな嫌がって付けなかった。

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<GOGO出発!>

思ってた通り速い!欧米人も大喜び!んでおもしろい!!俺も欧米人も大喜び!!!
水とお尻はスレスレにあるので結構な体感速度があります。ブルネイのボートより少し速いです。波も静かで視野を狭めるとさらに体感速度がUP!


途中雨が降り、皆嫌がってたヘルメットを着け、ライフジャケットを盾変わりにして雨を凌ぎました。荷物はカバーをしてくれている。


山を眺めながらいろいろ考え事。このボートの車重とか熱効率・空気抵抗とか。もし一人で運転してたら何km/hでるのか等なんか久しぶりにモータースポーツのマニアックな考えをした気がする。。。


ただ事故というか故障がルアンバパーン到着30分前に起き、エキマニとマフラーを繋ぐパイプが完全に割れ、修復不可能状態。ガソリンがポタポタすぐにボートの中に貯まってくるので運転士困った様子。

欧米人「何が起こったの!?このボート、スローボートだったの?笑」っとブーイング。


エキマニを外したらいいと助言してあげて、オルタ(発電装置)を取り外し不格好なエンジンで再出発しました。整備士しててよかったと思った。
エンジン音変わったけど、これもこれでおもしろい!
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ルアンパバーンに着き、改めてスピードボートの料金表をみると、その額340000キップ=3400円。(逆方向)あまりにもの違いに少し落胆したが、スローボートを抜かす爽快感があったので、すぐに忘れることにした。
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<がんばったボート君>
[ 2009/11/06 17:06 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

 

10月5日~10月9日

悪夢。。。。
チェンマイ行きのバスはVIPバスにも関わらず、席と席の間は激狭!欧米人ブーイング。

タイの道路のライトは長細い棒に蛍光色の白色でとても明るい。


途中で耳から首、頭も痛くなり、狭い車内の中丸くなり耐えていました。
チェンマイに着き、一目散に病院に駆け込み、保険会社に電話してキャッシュレス診断。

この旅初めての日本語できる看護師さんと会い、ドクターと通訳してもらいました。病院はチェンマイ・ラム病院ってところ。病名は中耳炎。今まで中耳炎になったことがなく、噂では中耳炎になったら鼓膜に穴を開けられると聞いていたので、ビビってたが薬だけで済んだ。飛行機には乗ったらいけないと言われた。日本語できる人と付き添いだとかなり安心して受診できた。


チェンマイで泊まった宿はBoonmeeって名前のゲストハウス。おかしい素振りを見せる俺に驚いて親切に扱ってもらった(笑)レストランも併用していて、スープもタダでいただきました。痛み止めを飲み、ワンコとたわむれ、この日は夕方に就寝。
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翌朝、痛みはなくなったけど、耳鳴りがずっと鳴っていました。部屋にもいるのも勿体ないので、ロビーでおばちゃんと喋ってた。この人はイギリスに10年間、留学してた経験もあり、英語堪能。福岡にも2週間旅行でいったことがあるみたい。フィリピン留学で使ってた教科書を使って英語のレッスンをしてもらった。


夕方から外にでて、周辺を散歩。
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市内と歩いてるモンクをみたら、体に巻いてるやつがオレンジ色!ミャンマーでは赤っぽかったので違いに驚いた。なんで色が違うんだろうと疑問に思った。ミャンマーにあるパゴダと同じ形をしていた。タイとミャンマーのモンク、表情を比べると悪いのだけど、タイのモンクはキツイ目をしてる感じがする。


チェンマイ3日目、食欲も出てきたので、朝から散歩。たくさんのことを意識しながら歩き回った。
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<宿前にあるタール門>

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<ワット・ドイ・ステープ>
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<民族衣装を着た女の子のダンスの隣で欧米の赤ちゃんも一緒にダンス>


夜はフードコートに行き、民族舞踊を少し見ました。5分くらい。なんとなくバリに似たようなものを感じた。
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フードコートから宿に帰るとき、BARが並ぶストリートをあえて通る。どういう客層がいるのかとささっと調査していくと欧米人のオヤジ達が多い。若い人は他の国と違いかなり少ない気がする。
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<本物のゾウが歩いてた>



4日目、宿代を払おうと3日間分の宿費450B(=1350円)を払おうとすると、400B(=1200円)でいいよっていってくれました。たった150円だけど、飯2回分になるのでうれしい限り、かわいいワンコと戯れることもできたし、ここの宿に来てよかったのと同時にツイてた!


朝8時、宿を出てバスターミナルに向かいました。



チェンマイはロングスティしてる日本人が多いみたいだけど、なんでこんなところでロングスティするのかなぁ~っと感じた。空気悪いし、信号は少なく車の交通量が多いので道路横断するだけで一苦労だし、盆地にあるため暑いし探せばもっといいとこあるでしょ?っと思う。日本食材なんて手に入れるの不便だろうし。。。その他色んな角度から見ても適してるとは思わなかった。


*後日、友達にこのことを報告。俺の答えとは裏腹に、チェンマイはロングスティに向いてる。との一言。理由を聞くと、適格な答えで驚いた。俺は水平に物ごとを見ているけど、彼は上からの視線から見てる感じでやっぱすごいな~っと関心してしまった。
[ 2009/11/04 20:05 ] タイ② | TB(0) | CM(2)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


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