ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

タオ島でダイビングライセンス取得の巻2 

そのOW取得の夜、悲劇が起きたのでした。

はい、ホテルの階段から滑り落ちました。。。

469

<雨が降っており階段の足踏み場が小さく、危ないと思ってた。>


幸い90%の確率で持ち歩いてるデジカメを持ってなかったのでツイてたけど、足にかなりの痛み。歩くのができなかったので病院に行くと全治一週間の打撲。安静にいるようにと言われた。
レントゲンを撮ってくれた看護師さんはオカマちゃんでした。俺の足を触るのを恥ずかしがってた笑
470
<キャッシュレスなので病院側は儲けようと松葉杖を進呈>



そんなこともあり、本来、翌日に受ける予定だったアドバンスオープンウォーター(以下:AOW)を諦め、バンコクへ帰ろうと……思うはずがなく、一日だけ休んで痛み止め飲み取ることにしちゃいました(笑)


AOWの予定はこんな感じ


1日目:午前:学科 午後:海で練習2本 ナイト1本
2日目:午前:海で練習2本→ライセンスゲット

468
471

学科は興味のある分野を選んだのでおもしろかった。
海では機材のセッティングのやり方は完全に身に着いたので、いかに短時間でセッティングできるか試していました。


ナイトダイブは昼にはいない魚がたくさん見れてよかった。
473
<ぷらと撮影。なかなかよく撮れてるでしょ?>


レーシングスクールに例えるのがおかしいかもしれないけど、命がかかってるのに、ありえないほど楽しい実技でした。


AOWで同じだった人は世界一周中の夫婦さん。旅する前にずっと見ていたサイトだったので驚きました。いろいろ情報もいただき、俺の世界一周はたぶん途中で旅資金が尽きると感じ取りました(笑)物価が軒並み上がっていて一年150万…なかなか難しいみたい。その他、南米危険情報も旅してる人からの口からの情報をきけたのでよかった。階段から落ちてなかったら、この夫婦さんと違うグループになって話す機会がなかったので結果的にツイてた!


あとミャンマーに行ってたからわかる発見が多々あり、いろんな視線でタオ島を見ることができた。


タオ島はリゾート地化されてるので物価高いです!飯はご注意を!!


あと半年ぶりに触ったわんこはとても癒された!毎日よしよししてあげてた。

466
<サンディー、腰を強く何回も叩くと『気持ちえぇわ~』と気持ちがります。>


467
<かなり太っちょショアンション。♀とありながらリーダーでもある。>


バンコクに戻りMPツアーでチェンマイ行きのバスチケット(300B=900円)を買い、その日のうちにチェンマイに向けて出発しました。
474
<世界一周中の夫婦さんとお別れ。出発時間まで待ってくれていました。>


お世話になったダイビングスクール
http://www.bansjapan.com/index.html
BAN'S DIVING RESORT
金のかかった建物です。
475


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリックお願いします。
スポンサーサイト
[ 2009/10/31 23:48 ] タイ② | TB(0) | CM(0)

タオ島でダイビングライセンス取得の巻1 

<9月27日>
翌9時半にタオ島に着き、インストラクターのツヨシさんと挨拶。怖そうな顔をしてるインストラクターでたじろいたが話して見ると、すごく優しく、んでおもしろい人。俺とは別に2人の女性とダイビングの取得を目指しました。

スケジュールはこんな感じ…

1日目:午前中:学科、夕方:プールで練習(90mくらいの泳ぎのテスト含む)
2日目:午前中:学科、夕方:海で練習
3日目:午前中:海で練習→ライセンスゲット

という内容。
学科試験もあり、楽勝と思ってたけど、合否ラインの38点(50問中)でギリギリ合格。
100人に1人は落ちるらしいけど、その一人に危なくなりかけた。

プール・海での練習は、すべて自分でセッティングをしないといけません。ささっとやっちゃったらあとは楽。

プール練習は、海を想定しての練習でなかなかおもしろい。ポンプを外してまた付ける練習や、ジェスチャーの仕合い、中性浮力の取り方とかしました。息を吸うと自然と体が浮かび上がり、吐くと下に沈んでいく。おもしろい現象でした。
476



翌日は天候が悪く、波は荒れ、酔い止め飲んでない他のダイバーはほとんどが吐いていました。。。そんな光景を横にし、食べ放題のパイナップルとクッキーをパクパク食べてました。
472


波のないところまで移動し、初のダイブ。プールと違いやっぱ海の上だとそれなりに緊張しました。それでも海の中は最高によかった!こんなに見たこともない魚がたくさんいるとは思わなかった。
シュノーケリング&素潜りでは味わえないおもしろさ。あっというまに時間が過ぎたのでした。
477


そんなこんなで、楽しい3日間が終わり、無事にオープンウォーターのライセンスを取れたのでした。
翌日からは、もう一つ上のライセンス「アドバンスウォープンウォーター(以下、AOW)」の講習に入ります。


んで、引き寄せられたのかわからないけど、二人の女性は俺がかなり知りたかった職場で働いてる人たちで、いろいろお話を聞かせていただきました。ありがとうございます!

ツイてる!



なんも事故することなくダイビングツアーを終えると期待してたのに、AOWの講習が始まる前日の夜、事故は起きたのでした。
[ 2009/10/27 19:46 ] タイ② | TB(0) | CM(0)

世界中のバックパッカーが集まるカオサンロード 

9月25日

空港から市内へもNさんとタクシーをシェアしました。ミャンマー行く前に泊まってたルンピニー周辺でwifi使える激安宿(120B~)があるのでそこに向かいました。

昼にもかかわらず、バンコク市内は渋滞。バンコク名物「渋滞」っていっても過言ではないくらいいつも渋滞しています。空港からルンピニーまで早朝なら40分220B(660円)でいけるところを2時間280バーツ(840円)かかりました。
(それでも日本に比べればはるかに安い…)

465


ただ、道はちゃんと整備されてて、ミャンマーのようにガタガタ道じゃなく、車も最新の車が走っててとても感動した。




やっとのこさ、以前泊まってたゲストハウスに着いたけど満席で泊まれず。ナナさんがお勧めするカオサンロードに向かいました。カオサンロードとは世界中のバックパッカーが集まるストリート街。世界中の旅行者が集まるので以前南米で会ったっていう人とカオサンロードでまた会ったっということは珍しくありません。



俺はカオサンロードには一度も行ったことなく、出会った旅人さんに「なんで行かないの?」って言われてるくらいで、なんとなくカオサンロードには行きたくなかった。
464
行ってみると意外におもしろいところだった。

カオサンに着き、ナナさんとさよならして、宿を求め歩きまわる。wifi使えるところ…っと探してたが、どこにも見つからなかった。


適当にゲストハウスを決め、夕方フィリピン留学で同じだった女の子と逢いご飯を一緒にしました。彼女は元美容師さんで過去に2回髪を切ってもらってて、「どこかで髪切ったでしょ?」っと、即座に突っ込まれた。お互いの情報交換をしながら23時くらいまで飲んで、クラブ散策してこの日は寝ました。




<9月26日>
翌朝、カオサンロードを歩いてると一つのポスターに目がとまり…

「タオ島で獲るダイビングライセンス 9800→8400バーツ!たぶんまだ世界最安。」

っという張り紙。

飯代は含まれないが交通費・申請料・教科書代・宿代等含まれている。
日本円にしたら23520円くらいでライセンスを取得できることになる。
マレーシア、コタキナバルで聞いた時は27000円くらいが最安だった。

日本で1年半ほど前に、日本で無性にライセンスを取りたくなりショップに数件行くくらい取りたかったので、日本のダイビングに何回も行ってる友達にスカイプで確認し、問題ないということで申し込んだ。ツイてるツイてる。

オープンウォーター(18mまで潜れる)8400バーツ=23520円と
アドバンスオープンウォーター(30mまで潜れる)8250バーツ=20300円
(合計43820円。日本だったらオープンウォーターだけで45000円以上かかるので遥かにお得です。)

この二種類のライセンスを申し込みました。

翌日の夕方、カオサンロードからタオ島に向かいました。

463
欧米人みんなバックパック

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!気づいたらクリックお願いします!
[ 2009/10/25 14:27 ] タイ② | TB(0) | CM(0)

最終回 ミャンマーの旅 

<ヤンゴン>
朝5時半に到着、バスターミナルから3ドル払い市内のGHまで連れてってもらう。


この旅始って初の日本人宿に泊まりました。日本人宿とは、名の通り日本人が経営してる宿で、客のほとんどは日本人です。あまり日本人宿には泊まりたくないけど、情報ノートというこれまで旅してきた人達による手書きのノートが置かれてるんです。10年前以上の本がありました。そんな情報を自分のノートなどに写しながらこれからの旅の情報収集をしました。

人通り見終わった後、ヤンゴン市内を歩きました。昔、イギリスの植民地だったらしく、イギリス建築が多々見受けられました。教会・モスクもありました。ただ、ぶっちゃけると、ヤンゴンはあまり面白いところとは言えない。っていうのも、ヤンゴン以外良過ぎたってところに原因があるのかもしれない。国の文化はだんだんと薄れて来てるって感じで、タナカを塗ってる人があまりおらず、ロンジーを履いてる人も見かけない。インド系の人達が多くなったってことははっきり感じた。
457


翌朝、ミャンマーの環状線を乗ることにしました。ミャンマーにも電車はあり、3時間かけて一周するという。料金は1ドル(1周料金)。電車は1~2時間おきに出発されている。早く行き過ぎたため、切符売場の中で待たしてもらった。売り場の中は20歳と45歳くらいの二人だけ。20歳の係り員は英語が話せる。たまに来る客に切符を売り、その他は一緒に遊んでくれた。その中で驚いたのが、日本製の最新のデジカメを持ってたこと。値段を聞くと、日本より2万高い感じだったけど、どこで入手したのか、そのお金はどこから…っと感じた。ミャンマーでこんなデジカメ売ってるはずがない。


電車は初めて見るもので中は木でできており、出発そうそうギブアップしかけた。

ケツがいたい!

451

外国人席・係員席が同じで離隔されている(ヒモが張られてただけだけど)


この電車はヤンゴンに住むミャンマー人の生活風景が見れてよかったけど、ヤンゴンはお世辞にもいいところだ、とはいいがたかった。ゴミが酷い。そこらに落ちている。ところどころに流れる川は異臭がする。こんな川では体が洗えない。

家々は場所によるけど、立派な家が立ち並ぶ箇所もあった。

電車の中はぎゅうぎゅうで、通路は野菜を抱えた女性がたくさんいた。

452

何事もなく一周するかと思ったけど、ハプニングが起きた。ぎゅうぎゅうの席をかきわけて歩いてくる係り員と、数人の人。外国人・係り員エリアに入れられて、座らされている。その人々の表情は下を向いていた。

ちょっと来いと、指で指示され、前にいくミャンマー人。なんか言い訳をしてるみたいだけど、引かない係り員。たぶん不正乗車してたのだろうとなんとなく思った。数人はお金を係り員に渡して帰されていたけど、金ない人は奥で泣いていた。ホームを歩き、階段を登ろうとすると後ろで、係り員と先ほど捕まった人等はどっかに連れていかれる様子だった。




ヤンゴンでは、3日間滞在し、時間が余ったので英語が話せることを前提にタクシーを半日チャーターし、郊外を走ってもらいました。観光名所ではなく裏のヤンゴンを…(!)
459


夜は、ミャンマーに長期滞在10年以上(!)している3人の方とそれぞれお会いさせていただきました。お二人は経営者でもう一方は、現地で働いてる方。ミャンマー人の苦労話や、良いところ。ヤンゴンのこれからの未来など、とても濃い話をお聞きすることができました。そして、俺がミャンマーを旅してて知り得た情報+@のアウトプットの場にもなってよかったです。ただ、「(ビジネスについて)勉強不足だよ。」っというお言葉ももらい、少し凹みましたが、「若いのによくそんな考え持てるわね」と褒めてもらえたのでよかったかな。あと行動力あるねとも褒めてもらった(^^)v

ヤンゴンの早朝は、港で居座りミャンマー人の観察をずっとしていました。
458


出国の日、バガンで奇跡的に再開したNさんと合流し、タクシーチャーターして空港に向かい、ミャンマーを後にしバンコクへ向かいました。
454


空港税はピン札の10ドル紙幣しか受け取ってくれないので注意です。欧米人困っていました。


この旅は、往復航空券で行ったこともあり、「一つの旅」という感じで、とても奥の深い旅でした。10年後のミャンマー。バガン・インレー湖はこのままであってほしいですが、ネピドー・ヤンゴンは一気に変わるはずです。

453



にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!気づいたらクリックお願いします。
[ 2009/10/23 18:52 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

軍事政権 ミャンマーの首都に潜入 

9/19
<ネピドー>
旅行者は、まず訪れないミャンマーの首都、ネピドーにいきました。
ミャンマー人でも間違える首都、ネピドーです。インレー湖からバスで9時間。(12000チャット=1200円)
444


ここは今年の初めくらいまでは、外国人の立ち入りを禁止されていたところ。そんな未知の首都に行きました。

だいたい予想はしていたけど、ほんとなんにもないところ。これでも首都なの?って思ってしまうほど。
ただ建設ラッシュみたく、いろんなところで建物が作られており、道は綺麗。建物も首都らしく現代的な家などが作られていました。

ウォーターホール
ショッピングセンター
首都を強調するパゴダ
この3つしか見るものがないらしい。

とりあえず、見れるところだけ周ってもらいました。
ウォーターホールは、ミャンマー人しかいません。
完全に昔の文化が忘れ去られていて、みなジーンズをはいていました。
あの俺の知るミャンマーは幻だったのか…と感じさせました。
450


ショッピングセンターも、完全に金持ちを対象にされいて、家電製品や食品などうっていました。中に入ると防犯袋(鞄を覆う布の袋)をもらうのですが、俺の鞄でかすぎて、反対にあやしい姿になっていました。カメラを撮ろうとしたら、この場所しかとったらいけないと言われました。
449

二階にはゲームセンターと映画館になっており、ゲームセンターには人が溢れかえるほどいました。写真を撮ろうとすると、ダメだと注意。隠し撮りをしようと試みたけど、ずっとアツい視線で見つめてくる警備員がいたのでとれませんでした。

パゴダはなんもない道路でも遠くからはっきりわかるくらいでっかく、近づくに連れてその大きさが増したのでした。まだ工事中だったようで内装もまだ完成してませんでしたが、ここから見るサンセットはかなりおすすめです。っつても俺が来てから夕日が雲にかぶってしまい、綺麗な姿は見れなかった。。。
446
448
大きさ、広さはミャンマー1っといいたいけど、2番目らしい。
447
内部。金
410
<ネピドー!なんもなーい!>

一泊するつもりでしたが、安宿がなく外国人は最低36ドルからのホテルしか見つからなかったので
急遽予定を変更してヤンゴンに向かうことにしました。

ネピドーのバスターミナルに戻り、バイクチャーター代8ドルを渡すと、トラブル発生。15ドルを要求してくる。荷物を持ってあげたからということらしいが、話が違う。英語話せる人を仲介にして11ドルで和解した。

ヤンゴン行きのバスチケットを買う時、めっちゃ高い(12000チャット=1200円)バスチケットを買わされかけた。この値段はおかしいということを訴えると、外国人は2シート分のチケットを買わないといけない。といってくるので、違うバス会社にいってみたら、1シート分の値段を表示してくれた。(5700チャット=570円)


バスを待ってると、インレー~ネピドー間のバスを運転してくれた兄ちゃんとその相棒に声をかけられた。
兄「なんでここにいる?一泊するんじゃなかったのか?」
俺「値段が高すぎ!安いところは外国人は泊まれないんだって」
兄「そうなのか。それは悪かった。このあとはどこに行くんだ?」
俺「ヤンゴンにいくよ!」

っとここまではよかったんだけど、そこから表情がかわり、そっか。。。ってことで一時は去ったけど数分して戻ってきた。「時間あるし、ご飯食べにいかないか?」っと、拒んでいると、ほぼ強制的に彼らのバスに乗せられて近くのレストランに連れていかれた。ちょっと恐怖心が走った

食いたいものどんどん注文しろっというので、最終的に俺が払わないといけないオチと思い適当に注文。ビールも注文し、睡眠薬とか入れられてるんじゃないのか?とかいろいろ考え、グラスを変え、先に兄ちゃん達に飲ましたりといろいろした。。。

ちょっとしてから、兄ちゃんの声から、なんでこのレストランに連れてきたのか理由を言ってくれた。

「ヤンゴンの人はシャン民族(インレー周辺の人)と違い危険なやつらがいっぱいだ。物をスラれたりするから十分に気おつけるように」

っと数十回っと嫌になるほど言ってきてくれた。バスの待ち場はヤンゴンに住んでる人がいるかもしれないのであえてここに連れてきたという。会計はすべて彼らが払ってくれた。
417


夜20:30、ヤンゴンに向けて出発しました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリックお願いします。
[ 2009/10/21 17:22 ] ミャンマー | TB(0) | CM(4)

ミャンマー プライベート学校訪問 

ボートで一時間後、先日行ったマーケットと同じところに着いた。この日はマーケットはやっておらず、人もいなくて空っぽ。


少し歩いたところにママさんの実家があり、中に入ってミャンマーコーヒーをいただいた。中は窯があり、なんか懐かしい感じ。寛いだあと、ママの兄らしき人ともう一人の男の人とでプライベート学校に向かった。
416


プライベート学校とはフリースクールのこと。政府の学校は学費は安いがそれでもいけない子が多い。


ゆっくり歩いてたら日が暮れるので早歩きで行くという。舗装されてない道なのでトレッキング状態。しかもペースが速い!途中、水を持ってくるのを忘れたことに気づき、そのことを伝えると「大丈夫」という。ちょっと待っててと言われ、男は畑の中に中に入り、なにかしている。戻ってくると、固い50cmほどの、ある茎を渡された。意味がわからない素振りをしていると、ジェスチャーしてくれた。
その茎を噛めということらしい。同じようにマネると、あまい!サトウキビだった。
417


初めて体験するサトウキビの食べ方。噛みながら歩くこと1時間、プライベート学校に着いた。外からでも聞こえる子どもたちの声。


中に入るとさっきの声はどこにいったのか、シーンとなった。そして子どもたちがこっちを向き、腕を組んでこっちを向いている。。。
410

ちょっとした殺風景を感じながらも教室の中をうろちょろ。毎度のことながら教育レベルは日本と同レベかそれ以上。普通の学校に関したらは日本より比べ物にならないほどのレベルだ。


一通り見終わったあと、ささっと去りました。グランドを離れ後ろを振り向くと子どもたちが手を振ってくれていた。緊張していたらしい。
411



その後も歩き、もう一つのプライベート学校にも案内してもらった。
419
418

ここは個人の日本人が寄付した学校だ。授業は終わっており、誰もいなかったけど、棚に置かれていた本を読ましてもらった。ここで驚いたのが、子どもたちの日常意識向上の冊子だ。絵と文字で説明され、こういうことをすると、病気になったり、こういうことを人にしたらいけないっとか書かれてた。その絵もおもしろく、なんて書いているかわからないが、絵だけでわかる。数冊の本を読ましてもらい、後にしママの実家に戻った。
412
<バッファロー。乗ろうと試みたが尻尾で叩かれた。。。>


帰りのボートの中でなぜ2人もガイドが必要なのか聞くと危険な個所がいくつかあるからといっていた。そんな感じはしなかったけど、民族間でのもめ事があるそうだ。宿に帰ってからもいろいろ聞いたりした。

その中でどうしても気になってたこと、なんで孤児院・プライベート学校にいったとき子ども達は手を組んでいたのかということ。ママは答えてくれた。

マ「初対面の人や目上の人には手を組むのが礼儀だからだよ」っと。
俺「なるほど!けど、日本じゃ、そのポーズは怒ってるときや、相手を睨むときに使うんだよ」っと教えてあげると
マ「ははは…」っと笑いこけていた。


そんなこんなで、充実した一日が終わり、翌朝、ミャンマーの首都、ネビドーにむかった。

413
<綺麗に撮れてない?>


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリックお願いします。
[ 2009/10/19 18:55 ] ミャンマー | TB(0) | CM(2)

ミャンマー 孤児院訪問 

<孤児院訪問>
どうしていつも肝心の日に寝坊してしまうのか、この日も待ち合わせ時間に目覚め、慌てて朝ごはん食べる。やっぱりここの朝ごはんうまい!!

バイクチャーターして三ケツ(男三人一台のバイクに乗り込む)で向かう。
孤児院はアポなしなので、帰されたら帰されたで諦めるしかない。1時間後着き、初めての孤児院を見た。グランドでは子供が列を連ねて朝礼みたいなのが始まる感じだった。結構でかい。隣の敷地に案内され、職員室みたいなところで英語のできるおばちゃんと話し合った。
402


この人が一年半前にここに来たときは、想像を絶するほどだったという。ただ、最近になり各国から旅行者の援助でモノが買えるようになり、昔と違い子供たちにも笑顔があるという。ここに常にいる大人は、このおばちゃんとモンクの2人だけ。あとは安い給料で来てくれる教員が毎日来てくれる。


40分くらい話したあと、ロビーに連れてってもらった。
そのロビーには200人ほどの子供が座り、何やらこっちを向いている。
外国人、突然の訪問者だから仕方ない。

このおばちゃんが「サンハイ」みたいな合図と同時に、黙ったままの子供たちが歌い始めた。
「welcome song」みたいだ。予想外で驚いたけど、めっちゃうれしかった。

歌が終わり、拍手してしまった。


英語できる子が適当に呼び出され、それぞれ自己紹介。
10歳とか12歳の子供たち。それぞれの将来の夢が医者やガイド、研究者。
出身地とかもいってたが、わかんなかった。


その後施設を案内され、子供たちが住む、部屋を見してもらった。
二段ベットが窮屈に置かれ、小さな一つのベットに2~3人の子どもが寝るという。
406


一通り見終わったあと、ここに来た目的、米100キロを寄付したいと告げると、必要ないといわれる。
米は援助や畑からできるからだ。行く前に買わなくてよかった。。。とホッとする。
なにかタメになるものを寄付したいっと言うと、ガーデニング用品がほしいという。


これで決まり。隣町に行き、必要なものを一緒に買いに行った。土を掘る際に必要なスコップやカマ。如雨露、バケツなど。それぞれが俺の予想してた値段より少し高かったので驚いたが、現地人同士+信頼してるウインディも加わって話してるのでこんなもんなんだろう。上限額も言ってある。買い物が終わった頃には、3人の手では持てないくらいになってたので、タクシーで帰った。


孤児院に戻り、昼食を作ってるところを案内され、その後子ども達が作ったご飯をいただきました。
ご飯は一番安い米は使われてはいなかった。ふつうにおいしい。
403


「一粒の米にも自然の恵みが込められています。」「どんな食材にも万人の心が込められています。」
昔、習っていたボーイスカウトで習った言葉が心からでてきた一時でした。
裕福な日本だったらこんなこと考えずに食べてる人が大勢だろう。
407


その後、一部の子供たちと写真を撮り、あとにしました。
404



帰り道、ガイドのウインディが謝ってきた。
ウ「ごめん、4年前、俺が行ったときは今のような感じじゃなかったんだ。」
俺「わかってるよ。孤児院を見れただけでいいよ。」
ウ「ありがとう、ぷらと。」
405

ウィンディと握手して別れ、走って宿へ。
ママが「どうだった?」っと聞いてくるので「行ってよかったよ。子どもがたくさんいた。」と
質問の意図と違うことを言ってた気がする。

手作りのマンゴー100%ジュースをいただき、ボートで一時間ママの実家に向かった。

408
[ 2009/10/16 18:45 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

ミャンマー リピーター率の高い街 インレー 

インレー2日目
この日はトレッキングをしました。
本来はピンダヤという町に移動して、洞窟寺院をみる予定でしたが、インレーにも洞窟寺院があり、ピンダヤと変わらないし、時間とお金を考えてもインレーの洞窟寺院がおすすめっと商売トークに乗せられてトレッキングついでに洞窟寺院に行きました。15ドル。
106
<爆竹を鳴らす子どもたち>

このトレッキング内容は、インレーに住む民族をみて、山の山頂からインレー湖を眺めるというトレッキング。難易度は低く20kmをトレッキングします。参加者は2人らしいけど、一人のが好きなのでお願いしてガイド1人俺の2人にしてもらいました。


ここの会社ツアーは普通のインレー湖に住む人達をみてもらいということをモットーにしてるらしい。


ガイドは同年齢のウインディ。彼は前夜、日本人のガイドをするということで日本語の勉強をしてたらしいが、緊張してしまってやっと憶えた「こんにちは」がヘンな言葉になってた。英語は堪能なんで問題なし。



初のガイドを付けてのトレッキング。
390


淡々と山頂を目指すのかと思いきや、花・草の名前・何に使うのか、民族の意味、学校について、ミャンマーの裏事情(!?)、ミャンマーの現状、彼の悲惨な過去、そしてエロトーク…。エロは世界共通なんだと改めて実感。。。



ほんとミャンマーは自然が多く緑豊か。これでもか!ってほど農作物を耕していて、超貧困層でも餓死をしない理由がわかる。

396


洞窟寺院はその名の通り、洞窟の中に寺院があり、モンクが住んでいる。
391

洞窟をかなり奥に入っていったら、明かりも周りの音が聞こえないところにつく、そこでモンクが一日のほとんどを瞑想するらしい。ここのモンクは一日1回の朝ごはんのみ食べるのみ。砂糖・お茶は許されてるみたい。
392



昼飯は、竹で作られてる普通の民家で食べた。コンロなんてなく、マキに火を灯していくからご飯ができるまで50分くらい待った。その間、ガイド通訳代わりにしてこの家の人とお話をした。


ご飯はおいしく、残さずに食べようとするも多すぎて残してしまった。普段は残さない。家の人に謝ると、食べるから気にしないで笑 っと。
394
395


その後トレッキングをしながらガイドと話してると、孤児院があるということを教えてもらった。手や足がない子がたくさんいるみたく、学校の校舎もボロボロ。服なんてあってないのに等しい。彼が行ったときは、現状を見てられなくて涙を流したという。


孤児院には旅中に行きたかったので、明日にでも行きたい!っと言ったけど、一つ忘れていたことを思い出した。宿で知り合った子とボートをシェアして年に1度の祭りを見に行く約束だったけど、どうしても見にいきたかったので、あとでちゃんと謝ったらいいかなと思い孤児院にいくことに決めました。バイクで1時間くらいのところにあるということだったので、彼と翌日行くことにした。


399
398
397


山頂後は日本の昭和をただわせるような街並みを歩きながら、元の町まで歩いていきました。この辺りにくるとゴミがあちこち少しだが見受けられるようになった。
俺「ゴミ焼却はどうしてるの?」
ウ「んなもんないさ、ポイポイそのあたりに捨てるだけだよ。あとは燃やす。」
俺「家庭で?」
ウ「そう。ポイ捨てするのはいけないことというのは知ってるよ。」

401

街に着きミャンマービールで乾杯!550チャット=55円
400


夜、ゲストハウスのママに今日あったこと・明日、孤児院に行くことを伝えると、ガイドの名前を教えるように言われた。名前は忘れたので特徴をいうとわかってもらえず、やな気配がしたけどなんで孤児院なんかにいくのかと聞かれた。自分が思ってることをそのまま伝えると、ママの表情が変わり明日昼から少し離れた実家に戻るからついでにプライベート学校に連れてってあげるから昼には戻ってきて。と言ってくれた。
393

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリック気づいたらポチっとお願いします。
[ 2009/10/14 17:26 ] ミャンマー | TB(0) | CM(3)

ミャンマー リピーター率の高い町インレー湖  

9/18
<インレー湖1日目>
バガンからインレー湖までバス移動。
朝3時半に出発だったので、寝ずにいると前夜に飲んだウイスキーが3時付近に気出して寝てしまった・・・。ただツイてることに宿のスタッフがロビーに降りてこないことを不思議に思ったのか起こしてくれました。ただ15分間ノックをし続けたようです。俺のせいでバスが15分ほど遅れました。12000チャット=1200円

バスの車内は過去最悪。足が伸ばせない!イス汚い!!エアコンはないけど、早朝ということもあり涼しい。そして道は最悪。整備がほとんどされてないので揺れる揺れる吐いてた人5人。そんな中でも寝れる俺は旅に適してるのかな?


夜7時にインレー湖に到着し、3ドルの入場料を払い宿に着くと、ヨーロピアン風の女性に声をかけられた。
「明日ヒマだったらデートしない?」じゃなくて「明日ヒマだったらボート、シェアしない?」という誘い。
通常1人でチャーターすると15ドルかかるので、よろこんで引き受けた。
ツイてることに、4人のメンバーが既に決まってて、残りの1席を探してたらしい。
あとあと彼女の国籍を聞くとベルギー人ということがわかった。今までの旅で初めて出会ったベルギー人。
アメリカ人2人、ベルギー人、日本人2人。の5人らしい。


翌朝、集合場所の別の宿に一緒に行き自己紹介。
日本人の人は、2年半旅をしてる人でミャンマーはあまり好きではないみたい。
なぜかというと、初日に闇両替で変えたお金が、宿に帰って調べるとかなり抜かれてたらしい。(札が減っていた)


インレー湖は南北22km、東西12kmの大きな湖で移動は専らボート。

356
357
足でボートを漕ぐ人がいることでも有名らしい。


水上の上に竹で作られた家が立ち並び、前を通り過ぎると子供たちが手を振ってくれる。

観光地化がほとんどされていないので、ほんと気持ちいい。
101
今まで見た水上集落の中でここが一番ゴミが落ちてなくしかも家が綺麗。
103
100



なんでゴミが落ちてないのか考えてると、たぶんここに住む集落の人達はビニール袋を手にすることがあまりないからだと思う。コンビニなんてない。コタキナバルで見たゴミはほとんどがスーパーやコンビニで買われたもの。時代が進み過ぎて彼らにはまだ時代が追いついてないのだろう。

マーケットに行き、珍しいものはないかと探してるとあったあった。
でっかい煎餅?この縦1列で150円だという。
102


あと驚いたのが湖の上に畑があるということ。トマトを栽培してるとか。
361


電信柱は木が電住となり、強風が吹けば倒れてしまうんじゃ・・・?と心配してしまう。

360
<体を洗う親子>

手芸工房や鍛冶工房・ファウンドーウーパゴダ、ガーペジョン寺院・インディンとボートで回りました。

帰りにボートの運転手の妹の家に行くことになり、そこでたまたま祭りの前夜祭の宣伝をするボートを見ました。女性数十人が乗り踊る女性。でっかいスピーカーからは爆音の音楽が流れまます。
105

初めてみる光景でおもしろかった。
10月18日から11月の上旬まで大きな祭りがあるらしく、運良く祭りの時期にかぶったのでした。

999
<ボートを追いかける子モンク>

昼の休憩中、信じがたい話をベルギー人の女性から聞きました。ベルギーでは世界で1.2.3位を争うほど給料から税金を引かれるみたいです。その数値50%。国内ではみんな困ってるとか。結婚したら税率下がるみたいだけど、結婚なんてごめんだわっと。日本は24%くらいというと、うらやましがっていた。こっちは驚きだ!

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリック。気付いたらポチお願いしますm(_)m
[ 2009/10/13 19:32 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

奇跡の再会 バガン 

タンタンとバイクで標高1518mのポッパ山にいきました。この中腹にある岩山:タウン・カラが有名でナッ信仰の聖地です。ナッ信仰とは、ビルマに昔からあった土着信仰。


バイクで寄り道とか迷ったりしたので通常40分くらいのところを2時間かかって行きました。
351
<アヤというお酒とジュース>
354
<少量のピーナツ油を得るために牛を使って大量のピーナツを絞る!>

通学中の子供たちが通りすぎるバイクを見つめ、外国人扱いの目でみんなみてました。
352
353
制服が統一されて、カバンも同じで心が和む。



タウン・カラは猿が住み着いており、いろいろちょっかいしたりします。
前日雨が降ったこともあり、ツルツル滑り、又サルの糞が多々落ちてるので注意なのです。
237
241
<これがタウン・カラ。どこかの国に似たようなものがあった気がする。>


一通り見終わったあと、ダウンタウンに戻り、いらない荷物を配りまわりました。
おかげで荷物がだいぶん軽くなった。
日本製品かなり喜んでもらった。



そんな中、馬車から一人の日本人女性が降りてきた。
どこかで見たことのある人。頭をフル回転させて思い出しのが、留学中フィリピンの休日を使って行った、超マイナーなコロン島で出会ったNさんでした。彼女もフィリピン留学してて、かなり遠く離れた島に通ってた人。
コロン島では2人組だったけど、今は一人旅をしてるみたいで、航空券が安かったので来たとのこと。


俺は髪型を変えたので、向こうはわからないようだったけど、話しかけたらめっちゃ驚いてた。こっちも驚き!コロン島では、かなりお世話になった人で、安宿を探してる時に「もし見つからなかったら私たちの部屋を一室渡しますよ」と言ってきてくれ、結局安宿が見つからず、部屋を別けてもらい一緒に無人島に行き泊まりバーベキューや、シュノーケリングをし、3日間夜から早朝まで、恋話、日本・世界の経済の話、宗教の話など俺がいかに無知なことを痛感されたのと同時に、将来に対する考えが似てたのでかなり勉強になった旅だった。

旅をしてるとこんな出会いもあるのかと、うれしくなった。世の中狭い!

そんな彼女と偶然にも帰りの飛行機の便が同じだったのでした。




その後も観光。
2年前に中田英俊さんがバガンに来たっということを知り、中田ツリーを見に行きました。
「見たこともない高級車でガイドと一緒にきた。テレビでも放送されていたよ」226
<NAKATAツリー>


ミャンマーと言えばルビーでしょ!?っということで闇商売屋を探しまわる。
絵描き屋が寄ってきたので「ルビーは?」っと聞くとカバンからあやしげな箱が。
初めてみる宝石、ルビー・ターコイズ・サファイア・トパーズいろいろ触らしてもらいました。
買う気なかったけど、いろいろ質問して、どこで採っているのかなど聞かせてもらった。
221
240


とある集落にて。
227
230
<マキの煙を吸ってるかの感じ。数十分咳がとまらなかった。>
231

バガン最後に:タンタンの友達とも会った。彼は耳と声に障害があり、紛争地域で負傷したらしい。タンタンと彼のやりとりは彼らなりの手話で、俺とタンタンと話してるときは、俺の表情や向いてる方向などで話を理解していた。彼はタイヤ修理屋として普通に生活しています。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリックお願いします。
[ 2009/10/12 14:47 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

ミャンマーの旅5 バガン 

9/14
夜8時に付き、バガンの入場料10ドルを払いました。
宿前に行くと馬車に乗った人から声をかけられた。
「私は日本語が話せます。」
「私はバガンで産まれました。バガンのすべてを見せます。」
と同じ言葉を機械のように連発。最初、まったく相手にしてなかったが
英語は官能だったので少し冒険がてらに承知した。8000チャット=800円

宿は適当に見つけたところ。ドル払い。一泊5ドル。朝食付き。
部屋内にシャワー、トイレがありクーラー付き、この値段だと俺的ゲストハウス、ランキング1位です。
242
<朝ごはん写真フルーツてんこもり>


初めての馬車、コトンコトンと馬の足音が気持よく、寝転がって風景を眺めるのがのんびりして気持よかった。初めてみるパゴダ。1875年に大地震があり本来4000以上(!)あったパゴダは2000まで減ったという。それでもひとつひとつのパゴダの中にはほとんどが大きな大仏があり、昔の人の労働力に驚かされるばかりだった。レンガ積みのパゴダだけど地震のせいで破損してるところも多く、修復されてるところもいくつもあった。


ぷらとおお
<観光バスをこれほど憎んだことはない>
225



9/15
昨日遺跡周りをしてるときに後ろから自転車で追いかけてきた男性と遺跡めぐりをしました。
彼の名前は「タンタン」
232

最初は怪しいと思ってたけど、話口調からとても優しい人と思いガイドをお願いしました。
パゴダの絵描きともあり、パゴダに関してはとても詳しい。
なんの意味のあるパゴダなのか。内部に書かれてる絵の意味。オリジナルか。などなど
ガイドブック持ってない俺にとったらかなりよかった。
たぶんガイド雇わずにただまわってるだけだと、どこも同じパゴダだと思いつまらないと思う。
234


夜、気持ちだけお金を渡そうとすると、いらないという。いろいろ教えてもらったので
悪いと思い、彼の書いた絵を2枚15000チャットを買いました。
絵はうまい!とはいえないけど、通常でも15000チャットはするので、お互いよかったのかな。
238
239

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキング参加中!1日1クリックお願いします。
[ 2009/10/11 20:09 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

【番外編】軍事政権、強制労働されてる人 

89
土袋を担がされてる奴隷たち







冗談です。

数週間分の落花生を村内へ運び出す村の男達。

一枚の写真+コメントであたかも負の現場を書いて怖がらす日本の記事が多い!


みんなすぐわかったかな?
93
92


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村←グログランキング参加中。クリックお願いします!
[ 2009/10/05 22:58 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

軍事政権、ミャンマーの旅4 船旅 

9/13
朝、4時マンダレー→バガン間のローカル船に乗り込みます。船下りです。
外国人席とローカル席が別れてて、外国人席はプラスチックのイスが置かれてるだけ。ローカル席は地べた。
86
外国人席
85
船内の売店(?)

15時間かかったけど、その間ミャンマーの風景を眺められてほんとよかった。
途中で村に止まり荷物を運び出すんだけど、その運びだす人々、その間にやってくる村の売り人。
そんな風景もまた楽しみながらバガンに着いた。
87
91
バナナを頭に載せて船中へ入る女性


スローボートとスピードボートの2つがあるが雨季のシーズンは毎日運航してるわけではないので
日にち的に丁度よかったスローボートに乗りました。俺はいろんな風景が見れてよかったけど
ずっと寝てる人もいたので、点と点を結ぶ人はスローボートはおすすめしません。
物売りにうんざりしてる人もいたし。
90
88
日本で使われいたもの。1965年製!

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村←グログランキング参加中。クリックお願いします!
[ 2009/10/05 20:27 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

軍事政権、ミャンマーの旅3 マンダレー 

翌日は昨日のガイドの兄にお願いしました。この人はバイクを使わず、公共の乗り物で案内してくれます。

75
<乗合タクシー、屋根の上に乗っちゃいました。>
74
<モンクも屋根の上に乗ります。>
72
<物売りさん>
73
<道路工事は機械を使いません。>

このガイドの村につれてってもらいました。大通りをはずれて30分歩いたところに彼の村があり、日本人が寄付して建てられた小学校がありました。聞く話によると団体ではなく個人の寄付だそうだ。
寄付額がすごくて言えません。。。

77
<大通りからはずれて15分ほど歩いて>

何もない道の途中に

78
<クンヤを売ってるお店。これを噛むと口の中が赤くなります。唾液も赤くなります。苦い!>


小学校の近くには古いパゴダ新しいパゴダが密集してる場所があり、その一つ一つのパゴダの中には大仏様・仏様が置かれており毎日手入れされてる感じでした。
80



さらに奥に行くと、日本の昭和以前をただわせる村につき、産まれてもないけどなつかしい感じがしました。ほんと静かな村で時々女性が日傘を持ちながら歩いてる姿が京都にいるような感じ。
なんなんだろう、この気持ち。各家には仏壇があり昔の日本もそうだったはずの忘れかけてる今の現状を考えてしまった。
このあたりはすべて高床式。何も音のしない静かな村を歩いてるとダッダッダッという機械音を耳にした。
いかにもあやしい音だったので行ったらだめだという心がありながらも、なにがあるのかという好奇心
音の聞こえる方向へと歩いた。
近づくにつれて音が大きくなりバンブーでできた工場?が見えてきた。恐る恐るバンブーの隙間を覗くと子どもとその親らしき人が座って機織りをしてる姿がみえた。


この村にもうちょっといたい気分だったが、ガイドが待ってるので去ることにした。
79



裏から潜入、マンダレーヒルからの眺め
83
<姫路城から見る市内と少し似てるような…>
82
81

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村一日ワンクリックお願いします(^^)
[ 2009/10/04 23:39 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

軍事政権、ミャンマーの旅2 マンダレー 

ヤンゴンからバスで13時間
夕方6時にヤンゴンからマンダレーへ行きました。
ハイウエイは舗装され、電灯も7~10メートル間隔に設置されておりとても明るかった。マンダレーに着いたのが深夜3時半。待ち構えていた客引きにゲストハウスまで連れてってもらいました。5000チャット500円。この日はロビーで蚊に刺されながら寝ました。


朝、一日観光をお願いしました。(15000チャット(1500円)英語ドライバー兼ガイド一日拘束。)
64

事前に行きたいところを聞かれたけど、ガイドブックなんてもってないのですべてお願いしました。
金箔工場に連れてってもらったり、織物工場に連れてってもらったりしました。

マハーガンダーヨンではモンクの朝食風景を見ました。たくさんのモンクが列になって食堂に入っていく光景が印象に残ってる。
61


院内を歩いてると英語でモンクに声をかけられた。「どこから来たの?時間あれば院内案内しましょうか?」っと。もちろんお願いして、院内を見学しました。

彼は8か月間、英語の勉強をしており、声に出して英語の実践してるみたい。だから外国人は勉強&成果を試す場とか。彼はシャン語を話せるらしく、結構誇らしげでいた。シャン語とはミャンマーの民族内の言葉でミャンマー国内に数十個の言葉があるらしい。モンクのごはんの時間は、朝5時半と10時の一日2食だけ。

62
16歳のネブド君。



有料道路がいくつかあり、料金所?には人が立ってるんだけど、止まってお金を払うと思いきや
速度を少し落として、お金を警備の人に投げて(?)あとでその警備員がとりにいくって感じで新鮮な感じでおもしろかった。


ポット工場では、民家にお邪魔して見学させてもらいました。日本大好きって女性がいて頭にポッドを3個ものして歩いてる姿を披露してもらいました。外国人が珍しいのか、親日なのかわからないけど、心和む時間を過ごすことができました。最後に撮った家族写真はまさしく昭和の感じだ。

50


ある寺院周辺を歩いてると遠くからバカでかい音楽が鳴ってたので近づくと、中で十数人の人達が陽気に踊ってた。ミャンマー人も踊るんだ…っとちょっと関心。
53

その寺院裏を歩いてると、ちょっと来いっと誘われて行ってみると、酒を飲め飲めコール。4杯飲まされ、ネックレスくれくれ、グラサンくれくれ、カメラ撮れ撮れ攻撃。これ以上いたらヤバいと思い逃げてきた。
54
日本の接待を真似てるらしい。


夜、外を歩いてると、明るかった町が突然真っ暗になった。そう停電。ミャンマーではよくあること
らしいけど、急に町中が真っ暗になるのでまじで怖い。

翌日もガイドを頼みました。

54
お昼ごはん。ミャンマー風チキンカレー。スイカ付。1700チャット=170円

63
懐かしく感じない?

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村←ブログランキング参加中。1日1回ワンクリックしていただけるとランキングが上がります。
[ 2009/10/03 12:32 ] ミャンマー | TB(0) | CM(2)

軍事政権、ミャンマーの旅1 

9月10日(1日目)
夜遅く帰ってきたため荷仕度が終わった時には出発の2時間前。今までの人生で2時間睡眠なんて出来ないのでオールすることにした。

朝4時半に宿を出る頃には掃除のおばさんが起きて掃除をしていてその間を通り抜けるようにでていった。朝4時にもかかわらず、外は流しのタクシーがたくさん。

下道を使って空港まで230バーツ(690円)30分。まだ空が暗い空港は光がすごくきれいだった。


7時15分。airasia予定通り出発。往復9800円。いつも出発前の離陸の時の体感を味わってるけどこの人は搭乗した瞬間から爆睡。気づいたら最後の一人になっててスッチーに起こされた。


空港につき、ツーリストインフォで予め調べてた場所・ルートをタクシー運転手にお願いすると、ヤンゴン市内にはお金が高くなるなるので、バスターミナルに直に向かったほうがいいと言われた。

2500円で空港ー闇両替ー仏大学ーバスターミナルーヤンゴン郊外観光ーバスターミナルというプラン。

エアポートタクシーは2人の現地人が運転席・助手席に座る。そして道路は右ハンドルなのに日本と左右逆。ちょっと運転しにくそうだ。

日本の昭和を思い立たせるよな家の町並みを走り、路地裏に止まった。
58
どこからか怪しげな人がタクシーの中に入ってきてマネーと言ってくる。この人が闇両替人らしい。ミャンマーの公定レートは1ドル=200チャット(20円)しかなりません。ローカルレストランでもほとんどなにも買えません。そこで闇両替で変えるのです。(宿やツアーリストでも変えてくれる。)

今日のレートは1ドル=1050チャート。
事前の調査では1ドル=1100チャートだったのでそこを指摘すると日々レートは上下するので仕方ないという。100ドル札と50ドル札では20チャートレートが悪くなる。2万ドル交換して200000チャット、200枚。金持ちになった雰囲気。ただこの札束どこに仕舞えと…
56
200枚


インターナショナル仏大学という世界中から集まる仏教の大学があるということを本で知ったので
行きました。アポなしでも入れたっという書いてたのに実際はアポなしではだめって言われた。


その後バスターミナルに行きバスチケットを購入10500チャート。
バスターミナルをうろちょろしてると、懐かしく感じるものを見つけた。

57

地元の人だったらすぐ思い出すんだけど、これは神戸市の市バス
ペイントされず、そのまま使われてたので驚いた。
第二の人生を他国で歩んでいたので安心!
ミャンマーでは日本で使われていたたくさんの車がそのまま使われています。
もしかすると心当たりのある車が遠い国で走ってるかもしれません笑


バスの出発時刻まで観光してくれるということで腹ごしらえ。
ローカルレストランに入る直後、タクシードライバから「ソルジャーがいるからカメラはとったらだめ」っと注意を受けた。緊迫して中に入ると、12歳くらいの子がレストランで働いてた。テーブルに近づくとなんとイスを机から出してくれて座り易いようにしてくれた。教育がなってて感動した。これがミャンマーなのかと。しかもお茶まで入れてくれて。


テーブルにはパンとティー。コーヒーを注文したらちょう甘い。
パン3個、豚まん1個コーヒー1杯。 彼らの食事代も出してあげて220円。安い!!ほんとに自分がミャンマーにいるのか?っと何回も自分を問い詰めた。

ミャンマーはお茶のお代わりは自由なんです。


その後、観光し夕方16時、マンダレーに向けてバスが出発しました。

59

60
65

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村←ブログランキング再開しました。一日1クリックお願いします。4日間で190位から50位にランクアップ(^O^)/
[ 2009/10/01 20:33 ] ミャンマー | TB(0) | CM(2)

ミャンマービザ再取得の巻(タイ編) 

9月5日くらいの日記

宿からミャンマー大使館まで地図を見る限り近かったので歩いて行きました。
何十分歩いてもつかない。ただ道はあってるので大使館を見逃さずに歩いて行きました。

着いたのは40分後。地図の縮尺を読み間違えていただけでした。

人はあまりおらず、すぐにビザの申請用紙をもらい記入していきました。
窓口に提出後、係りの人に
「学生になってるけど、学生証は?」と聞かれ「無職」ってことに訂正してもらうと
だったら、前働いてた職業を書きなさいと言われました。
「会社名」「いつから働いてるか」「仕事内容」


その他「ミャンマーの滞在期間は?」と「これで何回目?」「いつ行くの?」と聞かれ、

一番迷ったのが
「ミャンマーのどこにいく?」って質問。
事前に調べてたけどヤンゴンしか頭にでてこなかったので「ヤンゴンあたりをブラブラしてそのあと名前忘れたけど北に行きます。」って答えると。
「○▽□▽□?」っと聞いたことない地名を言われ、「そうそう」っと返すと「それはどこにあるんだ?笑」と返されて慌てた。


最後に「ミャンマー旅行はすごい楽しみにしている!」と答えるとすんなり受理され、2日後の夕方3時ににビザ発行できるのでまた来てくださいって言われました。ビザ代810B(2430円)


そして2日後の夕方3時、ウキウキして大使館へGO!!
何事もなく、着いた瞬間にパスポートを返してもらい、ビザをゲットしました。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村←ブログランキング再度始めました。一日1クリックお願いします。4日間で180位から50位に!!
[ 2009/10/01 20:29 ] タイ | TB(0) | CM(2)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


詳細プロフィールを表示!

メールフォーム
このblogに関する ご意見は、こちらよりお願いします。

名前:
メール:
件名:
本文:

直通のメールboxに転送されます。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。