ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

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シーニン。チベットまでの裏ルートを探る。 

11月4日
<シーニン>
電車に乗ること24時間。シーニンに到着。バス移動より安くしかも全く疲れないので電車移動最高!
中国なのにイスラムの人がいっぱい。こんな内陸部なのに都会。ほんとODNなんていらないんじゃっと思ってしまう。
ここに来たのは、ラサに行くための情報収集のため。ここにこればなにかしらのラサの行き方を得られるだろうと
いうことでやってきた。

YHは15階の最上階なので景色は最高。受付の人も綺麗。
1人の日本人Tさんがいたので早速情報提供。Tさんもチベットに行くからしく、カイラスも値段が安ければ行きたいという。
ただ、ラサに裏ルートで行く決定的な行き方がお互いわからず、ずっと作戦を練っていました。

結局、数時間後結論がでてその結果をこのブログに書きたいところですが、あえて書きません。
っていうのも、日本のサイトをちゅうごくがみているらしく、ちべっといきをかいてしまうと、
このいきかたでいってる人達にめいわくかけてしまうため。自分がよければすべてよしって性格ではないので書きません。

このさくせんで明日、ちけっとをかいにいこうといきこんでるところで、家族からメール。
飼ってるワンコの寿命が短いとのこと。
かなり迷った。せっかくここまで来たのにチベットにいけないこと。ベストシーズン最後の聖地カイラスに行けないこと。
そして、今までいろいろ教えてくれたり、手助けしてくれていたシンさんに悪いと思ったこと。
ただのペットかもしれないけど、13年間ずっと一緒にいた家族の一員なので、思い切って日本に戻ることにした。
シンさんとTさんに重い口を開け、事情を説明してわかってもらい、翌日電車のチケットを買い銀川へと向かった。
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[ 2010/01/15 03:10 ] 中国 | TB(0) | CM(3)

四川大地震の1年半後の姿 

10月31日
<成都>
途中、事故で2時間ほど停滞してたこともあり、リージャンから26時間後、成都に着きました。
リージャン⇔成都間は夜中に開発地帯を通るせいか奇妙な工場が稼働してることに気づいた。
しかも走ってる車は土を載せた大型トラックばかり。
夜中にここを通るってことはなにか見せれないものがあるのかな?っとも思った。

成都ではバスターミナルに降ろされ、15分ほどかけて駅まで歩いた。
泊まる宿はもう目星を付けてるので駅から出発する27番バスに乗った。
成都の市バスは2元とられる。

宿に着き、日本人と会いチベット行きの情報収集をしました。
途中、フリーライター志望の方とも会い、チベットのことを熱く語ってもらいました。
この日、止まってた日本人は俺を合して6人。彼らと夕飯を食べに行きました。
中国の飯は安い、多いが基本なので、大勢で行った方がたくさん食べれるので、かなりの種類を食べることができました。
帰り道、スーパーにより、日本と中国のスーパーの違いと見てたけど、並び方はなんとなく似てるけど
こういうところにも置くのか。っと違いを見てるだけで楽しかった。
<写真>
<写真>

宿に戻るとTさんがおり、四川大地震の話になった。
彼は中国の裏事情を探ってる人で、ここに来る前も四川大地震が起こった現場を転々と見てきたという。
その中でも酷かった地域を教えてもらい、即答で明日行くことにしました。行き方や、そこに外国人が行っても危なくないのかなど、
いろいろ教えてもらった。ただ、録音するのを忘れて教えてもらった行ってほしい場所を忘れてしまうのでした。

四川大地震の1年後の今の日記はMixiにてアップしています。
見たい方はメールいただけたら記事送ります。
ここにはアップしません。酷かったので…。
[ 2010/01/10 09:16 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

シャングリラ。日本とギャップに驚く 

10月28日~10月31日
<シャングリラ>
雲南大学に潜入し、授業風景をこっそり見て、そのままシャングリラ行きのバスに乗り込みました。

シャングリラに近づくにつれて、緑がなくなっていき、中央アジアと実感させてくれるところがいくらかありました。
一面が大地で、牛(ヤク)が疎らにいる。


バス停から宿までピックアップ(移動)してくれるという張り紙をリージャンで見つけたのでしたが、
携帯を持ってないため、ツアーの客引きのおじちゃんに「ツアー参加します。」みたいなオーラを漂わせ、
携帯を貸してもらい宿にピックアップをお願いしました。

ピックアップの車が到着し、宿のスタッフから「服はそれだけしかないの?死んじゃうよ?」的なことを言われ
近くの安いお店に連れてってもらう。

<28元のジャケット>

購入後、車を走ること10分。

そこは予想を超える来てはいけない宿に着いたのでした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2、ピックアップの車から走り着いた宿はそのほとんどが木でできた、暖かい感じの宿。25元=
今年の8月にできたばかりでワンコもちゃんんといる。8人ドミトリーだけど、スケさんと俺の二人しかいない。

ここまでは完璧なんだけど、、、

<写真>

360°なにもないのです(笑)少しはこういうところ憧れていたけど、実際来てみると
やることに戸惑いを感じ、明日の朝、宿を移ろうってことになったのでした。

「何もないところの星は綺麗」ってことを思い出し、夜、外に出た瞬間、流れ星を見ることができました。ツイてる。
スケさんから、あそこに見えるのが銀河とかといろいろ教えてもらったのでした。

明日の日の出は何時か受付の子に聞くと6時半くらいと言われる。そしてこの日は明日に備えて就寝。


朝6時半に起き、日の出をみるたびに外に出るけど寒い!温度計を見るとー1度。
布団をかぶってワンコ達と日の出をずっと待ってました、ずっと…っといってるうちに7時半。

だけど、まだ日の出が出ない。。。その時、時差の問題か…ということに気づく。
そう、中国は国土がでかいのに時差は中国内で統一してるのです。

そうこう考えてう内に7時45分。日の出が現れたのでした。

当初、ここは周りがなにもないから早く去りたいと思ってたけど、朝の景色がものすごくよく、
ヤクやワンコ達を見てるのがとても楽しく、これならもう一泊したいなっという気持ちにこの旅始って初の衝動に駆られたのでした。



もしかしたら、今夜戻ってくるかもっということを伝えて、シャングリラの名所となる古城に行きました。


ここはあまり観光客がおらず、欧米人もあまり見かけません。
歩いてて気持ちがいい。久しぶりに心が落ち着いたつころに着いた。って感じです。

宿はユースホステル。言い忘れたけど。俺はリージャンでユースホステルの会員に入りました。
日本だと入会するのに2500円かかるのですが中国だと50元=750円。加盟店でカードを見せることにより
5~10元(75円~140円)の値引きなので、すぐに元が取れるのです。しかもこのカード世界共通です。

この先、チベットに行くつもりだったので、ビザの延長をしに行きました。
ビザを延長してくれる場所は宿の人から教えてもらっていたけど、公安の英語力を確かめてみようって
ことであえて、公安に行って道を聞きに行きました。

公安所内を歩いてる人に声をかけ、「ビザを延長したんだけど、どこにいけばいいんだ?ここでいいのか?」っと
英語で聞くと、「ちょっと、待ってくれ」っと英語で返され、大声で誰かを呼び、声のするところに行ってくれっと
中国語でいわれたのでした。言われたところにいくと、「どうしましたか?」っと英語。
ビザの延長をしたいっということを伝えると、すべて英語で、ここからまっすぐいって、交差点を渡ったら
すぐに中国銀行が右手に見えるから、その隣。っと英語で返されました。
中国、英語話せるじゃん!っと中国人は公安でさえも英語がみんなできないっといってた人達を疑問視してしまった
瞬間でした。

ビザ更新には14時に行き、10分もあればできるってことだったので、待つことにしました。っが、
いくら待ってもできない。それもそのはず、警察同士がおしゃべりして、入力作業をまったくしていない。
結局できたのが25分後。俺だったっらこの仕事5分もあればできるぞっと思ってしまった。
ただ、英語はみんなできていた。

シャングリラはあまり有名な地域ではないけど、外国人が来るのを歓迎しているのか、町の大通りの
お店の看板は中国語と、英語がどこも書かれている。俺が寄った登山ショップの店員も英語が話せていた。
大通りの裏道に入ると、英語表記がなくなるけど、若者をターゲットにしてそうなファッションストリートが
並び、食べ物屋の店も道路沿いにずらっと並んでいた。

時価総額世界2位のチャイナモバイルの店前を通ると、社員が並んでいまどきの音楽でみんな踊ってPR運動。
日本でこれをやると効果のでかいCM活動になると思った。

夜、古城の中の広場を歩いてると、おばちゃん3人が急に踊り始めました。
スケさんと、このおばちゃんたちのダンスに共鳴を受けて踊り出す人が増えていったりして…(笑)っと冗談を言いながら
あとでまた見てみようってことで、違うところに行きました。

一通り見終わったあと、忘れてた広場にたまたま通ると目を疑うような人数が音楽にあわし円を作って踊っていた。
この踊りにハマってしまいしばらく眺めてしまいました。
10代から60代くらいまで年齢層構わず踊っており、日本では絶対絶対ありえない光景だと思った。
しばらくするとさっきより人数が多くなった気がした。さっきまで二重の円だったのだけど今は三重になっている。
人数を大まかに数えると150人くらいの人が踊っていた。
あまりにも不思議な光景で、近くのツーリストオフィスのスタッフに聞くと、毎晩こうやって踊ってるという。
踊ってる人は古城内のお店の人たちらしい。それにしてもこれこそ、活気というものではないのか?っていうことを
中国に来て感じました。

一時間ほど見て、飯を食いに行き、戻ってまた踊りを最後まで見てました。
シャングリラ、おすすめです!!

<シャングリラ~リージャン~成都>
本来はシャングリラからチベットのラサまで闇バスで行くつもりだったけど、
今は行けなくなったことがわかり、リージャンに5時間かけて戻るのでした。
行ったところを戻るのは精神的に疲れるのです。


今日の予定では、8時発リージャン行きのバスに乗り、急いで乗り換えて13時発の成都行きのバスに乗ること。
リージャンにはもう行きたくないという気持ちが強かったのでどうしてもバスには定時刻に着いてもらわないと
いけなかったのでした。

そんな願いが叶ってかバスは12時すぎに着き、昼飯を食う時間もあり、ドタバタ劇もなく13時に成都行きのバス
が出発したのでした。
リージャン→成都(238元)

<番外編>
夜行バスに乗り込もうとしたら。中国語でなんか言われたことに気づき、中国語わからんってジェスチャーすると、
お前の足、臭いからいったん降りて、石鹸で洗ってこいっと言われました。。。そこまで臭くねーよ!
[ 2010/01/03 09:13 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

田舎をもとめ 

10月27日~10月28日
<リージャン>
あいかわらず、人、人、人。ひとゴミの中はもううんざりなので、宿のワンコと遊ぶ。
サンセットをまだ見てないことに気づき、慌ててサンライズ見れそうなところにいきました。
そしたら日本人グループの50~60代の団体と会い、少しお話しました。
「若いうちにもっといろいろいっとけばよかった。この歳になったらもう足が動かない。」
よく耳にする言葉だ。

夕食は中国人6人と日本人2人で一緒にレストランにいきました。
サーモンの刺身を食べにいくということだったので、中国人も刺身食べるのかと思い、彼女らに「刺身食べるの?」
と聞くと、刺身を食べるのは初めてだという。
レストランにタクシーで移動後、高級レストランということに気づく。
水槽に飼われたサーモンとは言い難い魚を網で掴みとり捌くという方式。

8人分の皿に刺身が盛られ、いくらするんだろうと…と内心冷や汗。
味は、日本のサーモンの味と似てようで似てない(?)味がうすいのかな。
けど、全然うまいので、皿の上の自分のサーモンがなくなっていくのにちょっと残念。
中国人!残すんだ!!っと唱えてると、中国人の刺身の食べる速度が遅くなってくる。
終いには残してしまい、日本人よ。たべなさいっと願いが叶い、5~6皿分の刺身を2人で食べることができたのでした。

満足したらあとは、人間観察。中国人は酒を飲むたびに毎回みんなで乾杯をし、やはり口をくちゃくちゃさせるのは
文化のようで、カクさんだけ口を閉じて食べていました。

そんなこんなで夕飯が終わり、真のお会計。。。一人57元(800円)この度2番目に高い食費。
一番目はタオ島で食べたイタリアンレストラン1500円。
こんなけサーモンたべれたし、まぁいいかなってことで満足したのでした。

翌日は特にサーモンを食べた影響の体調不良も訴えることなく、シャングリラへと移動できたのでした。
[ 2009/12/19 03:09 ] 中国 | TB(0) | CM(0)

グール湖、中国人とサイクリング 

2日目
早朝4時にトイレに行き、部屋に戻る途中、空を見上げるとツイてることに流れ星を見ることができた。
そして6時半にサンライズを身に、ボートでビューポイントとまで移動。
ここで、スチュワーデスをやってる女性と、その仲間と出会いました。
スチュワーデスともあり英語が喋れるのは当たり前だけど、驚いたのが、その友達たち。
英語を喋ってることに驚いた。30歳くらいの人でもゆっくりながら英語で俺と会話していた、
中国人=英語を話せない っと教えこまれてたけど、実際はそうでもないみたいだ。

サンライズは結局、雲に隠れ見れず仕舞いでした。

サンライズ後、昨日の女の子達とサンライズで知り合った、男性とサイクリングに行きました。
目標は各所で休憩しながら25kmほど離れたところまで行き、そこから帰るという道。
中国人、あまり変速機付きの自転車に乗らないのか、使い方をほとんど知らなかった。
海の横を走ってるかのように気持ちよく、湖の色も太陽に反射されとてもきれいだった。
海と違って波は心地よい音はしなかったのが…。

途中、カクさんが行きたかった、村により村内を散策して豪華な昼飯を食べ、さらに走りつづけました。


帰り道、女の子たちは体力限界でギブアップ。タクシーで元の町に戻り、男は走って町にもどりました。
これがかなり辛くて生きは急な下り坂をびゅんびゅん惰性ではしってたのだけども、帰りにそのお返しが
くるわけで、久し振りの上り坂は心臓が破裂するかのようだった。


町にもどり、シンさんと出会い、みんなとご飯を食べにいきました。


3日目
カクさんと別のバスだったので、彼女たちとリージャンに戻りました。
リージャンに夕方5時までに着いたら、シャングリラ行きの最終便のバスにその日のうちに
いけたんだけど無理でした。

休憩中、豚の悲鳴をレストランで聞くことになりました。
中国人の8割ほどをその姿を見に行ってたけど、残りは耳を抑えて遠くに逃げていました。
俺はその中間にいた。

[ 2009/12/17 03:09 ] 中国 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


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