ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

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ラオス→中国 国際バス 

<10月20日~10月21日>

ラオスは朝7時に出発。39000k=3900円
初の国際寝台バス。バスの中に2段式、横3列にならべてられていて初めて見る光景に、笑ってしまいました。


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<クンミン→ルアンパバーン 当て字>
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<ずっと寝ころべるので楽!>

バス内に乗客はたった1人。はい、俺一人だけで出発。
途中一時間ほど走ったところで人が乗って来て5人になりました。

乗ってきた人は皮靴をはいており、スーツも着ている人もいた。
ラオス人はみんなスリッパだったのに。。。
そして、ラオスで買ったと思われる電化製品(ポットや炊飯器など)を車内に持ち込んで来たので中は窮屈でした。

道はガタガタ道。土と石をミックスした道路。ところどころアスファルトもあるが、陥没してるところもありました。国境数十キロ手前からずっと続いてた道路工事。たくさんの男の人たちが働いていました。ところどころにある大きなテントやでっかいフライパンもあることから、住み込みで働いてるのだろう。

そうそうラオスの人口が、たったの500万人しかいないということを、日本の友達との情報交換で知りました。この500万人という数字は公表されてる人数ですが、山間部にはかなりの子どもの数&人がいるので、もっといるだろうなっと思ったしだいです。


山と山の間を通る川。標高の高い山脈地帯の風景でとても美しく、飽きることはなかった。


山中を走ってると、ポツンと竹でできた数件の家があり、牛や鶏を買って住民たちは外でただ座ってるような感じでした。


<列を並べ!中国人!!>

夕方5時ころに国境に着き、出国手続きをしにバスを降りてゲートまで行き、窓口までいくと、そこには
扇状に群れる人の集団。我先にと俺のパスポートを…と係り員に向かって手の伸ばしあい。
パスポートに書かれてる国籍を見ると中国。これからこういう戦いが始まるのかと、まずは腕試しに群れの中に入り込んでいくが、簡単にはじき出される。何度挑戦しても群れの中にうまく入りこめなかった。そんな俺に見かねたのか、バスの運転手が助けてくれて代わりに係り員に渡してくれました。


無事に出国手続きが終わり、次は入国ゲートへと向かいました。
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係り員に鞄の中を全部だされチェックされました。ちなみに俺のサブ鞄の中に入ってるものはパソコンと本5冊と細々した物。後片付けは、いつも自分でしなくちゃいけないけど、中国の場合、係り員の人が丁寧に鞄の中へ入れてくれ、鞄を掴みやすいように渡してくれて、とても気持ちがよかった。
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<中国側。国境渡るだけでラオスとえらい違い>


入国カードも自分(係り員)のペンを貸してくれて書き方を教えてくれ、さっきの群れのことは一瞬で忘れました。

無事入国を終え、外へでると、女性に囲まれた。
中国人は俺みたいなの好みなのか?と思ってたけど、何てことはない。ただの闇両替のおばちゃん達だった。レートがよくわかんなかったので、少しだけ交換しました。


国境渡った先は新しい家が並んでいました。道路もちゃんと整備されており、標識も親近感がある色。そこにはすべて中国語で改めて中国に来たんだっと実感しました。
国境から中国人がたくさんバスに入ってきてバスの中は一杯になりました。
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みんな男の人は皮靴とスーツのジャケット?を着てて、女性も今の日本みたいなファッションをしてて驚いた。
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<盗難予防に靴を袋で覆ってる女性>

その後もバスは走り続けました。道はほぼ一直線でトンネルがいくつもあり、中国の経済力を見せつけられた感じがしました。こう見ていると、タイの経済力はあまりないということがわかってくる。


途中、数回の休憩をはさみ、英語話せる中国人のおじさんと闇両替をし、手持ちのラオスマネーをすべて中国元に変えました。国境のおばちゃんの両替は騙されたことに気づく。

ラオスから国際バスで約22時間。漢字でお馴染みの国、中国(クンミン)に着きました。

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<クンミン駅、鉄道。>
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[ 2009/11/23 17:07 ] ラオス | TB(0) | CM(7)

再び、ルアンパバーン 

10月18日~20日

ルアンパバーン
中国のガイドブック等なにも持ってないので、情報ノートがあるという宿に泊まりました。
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ここは日本人がたくさん宿泊してる宿で、バンコクで見かけたNさんと再会しました。
バンコクで見たときは二人組だったけど、今は一人だったので、なぜか聞くと沈没(心地良いので長居してしまうこと。)してしまったらしい。
この町になにが魅力を感じるのか聞くと、街自体に魅力は感じないが日本語学校で生徒に日本語を教えることにハマったらしい。
ここにある日本語学校は、モンクも日本語を習いに来てるみたい。平日の夕方4時半から5時半までの一時間だけ開催されてるらしい。

ここに滞在中、日本語学校に行こうかと思ったけど、中国の情報収集&ネットの更新に時間使いたかったので断念。勿体ないことしたかな。


二日目の朝:近くに綺麗な滝があるということで、車をチャーターして見に行くことになりました。50000k=500円
      滝に着き、園内に入ろうとすると入場券を買えという。たかが滝ごときに金20000k=200円もとるのかっとブツブツいいながら
      中に入っていくと、まずは本物のクマーを飼ってるところがあり、さらに奥へ入っていくと、、、、

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青色とクリーム色を混ぜた滝壺に到着。またしても不意をつかれて感動してしまった。ターザンロープがり、欧米人がたくさん飛んでいた。ほんと神秘的な色でこんなところがラオスにあるだ。っと驚いたくらい。水着になり中に入ると冷たい!その横でT君が服を着たままターザンジャンプ。水の冷たさを知らず、服を着たまま飛んだT君の姿がおもしろかった。

滝壺に移動し、滝に打たけどあまりにも痛すぎて数秒でギブアップ。テレビで見たことのある仙人はただものではない!っと思った。一時間ほど遊び、さらに上にある滝へと向かった。
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ここは本当の滝って感じで、絵に書いたような感じだった。


夕方、ユウさんと偶然会って同じメンバーで最後の夜ごはん食べに行くよ!っと誘われました。ポーランド人のアダムは最後まで俺の名前はインターナショナルだから憶えやすいだろう!っと自慢していた。たしかに憶えやすいが。
レストランはユウさんが必死になって探したという、かなりムード漂うところで、店を見つけるのが難しい隠れ家的な高級居酒屋。
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<ブラックラオビアー>


夜、いろんな武勇伝を残してくれてるT君がなかなか戻らないからみんな心配して待ってました。拉致られたか?○。ってるのか?など、マイナスのことばかり。門限が過ぎたころ、奥から「ニーハオ」という声がして、みんな暗闇の奥を眺める。そしたらT君だったみたいで、明かりのあるこっちへと向かってくる。T君の服の姿がだんだん浮かびあがってみんな爆笑。裸エプロンらしきものを着ていました。
滝で知り合ったオジさん達と飲んでたらしく、そこで出会った人からこの"服"を買えば?と言われたらしい。それを買って着たT君の度胸に乾杯なのです。

<画像編集ミスって写真失った!ごめんなさい!!>


日本人宿もたまにはいいかも?っと思った日でした。
[ 2009/11/21 17:06 ] ラオス | TB(0) | CM(1)

ミニバン VS ローカルバス 

10月18日

翌朝8時半にユウさんと僕が乗ったローカルバス(10000k=1000円)が出発し、30分後にKさんとT君が乗ったミニバン(12500k=1250円)が出発するので、ルアンパバーンまでどっちのが早く着くか競争することになった。
本来ならミニバンの方が目的地まで早く着くことになっているため、値段は高く設定されている。


なぜローカルバスに乗ったのかというと、ミニバンは疲れるから。ぎゅうぎゅう詰めで身動きができないから疲れる。その点だとローカルバスは人があまり乗っていないため
二席分を使うことができるので楽な姿勢でいられる。


結果はほぼ同着に目的地ルアンパバーンに到着。ミニバンは確かに速いが途中休憩が多く、その間にローカルバスが追い抜きの繰り返しみたい。


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バスの中では、俺の斜め前の人が銃を持ってたので驚いた。


昼休憩にKさんとT君と合い、T君は車酔いで気持ち悪いから楽になりたいと言ってくるので、ローカルバスの良さを伝えると「移ってもいいですか?」っと言ってくるので
そんなことするバカなことするわけないだろうと思い、どうぞっと言って、後にしバスに戻りました。
ところがどっこいT君がほんとうにこっちのローカルバスに移ってきて「移動しちゃった(笑)」っと一言。
荷物は?っと思ったが彼は小さいリュックサック一つで旅してることを忘れていた。


ユウさんも驚いたらしく、大丈夫かな~っと言いながら、バスは出発しました。
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<T君、出発直後に爆睡>


出発して数分後、バス員が人数の確認で乗員を数えていると、どうも人数が合わないみたいで首をかしげ、切符点検を開始。

最終的にT君が一番最後にチケットを見せることになり、バス員に起こされる。
T君も事情がすぐわかったらしく、事情を説明。バス員は英語を理解できないみたく、ユウさんが変わって事情説明。途中乗車料金40000k=400円を払い、解決しました。


道はトンネル掘るお金がないため山道を沿うようにできるてるので、クネクネ道。
日本みたいにカーブに鏡がないので、対向車が来ているのか分からないし、転落防止のガードレールなどもないためスピンしたり、左右の曲がり角間違ったら最後です。

途中、ガソリンを積んだタンカーが横転してガソリンをばら撒いていて、その横を近くに住む人たちがバケツなどで拾って家に持ち帰ってる姿が印象的だった。

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バスの運ちゃんがトイレでたまたま止まった道端は絶景地だった。
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ツイてた!
[ 2009/11/19 17:37 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

謎の壺と、英語教師 

<10月17日>
早朝、布団とけっ飛ばしてしまい、あまりにも寒さに目を覚ます。
今まで30℃近くのところにずっといたため、ここが標高1000メートル前後ということを
忘れていました。気温15℃くらいしかありません。


翌朝7時半にツアーの車で、ジャール平原へと出発。

これはなんのために作られたのか?ガイドの人が説明してくれるも、理解できず
ふ~んで終わってしまいました。
でっかい仏像や、米酒造などにも連れてってもらいました。

何もない平原だけど、、、
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1900万の地雷が埋まっていて、その中の4900の地雷を撤去しました。ってことらしい。
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ジャール平原。ほんとなんのために作られたのか分からない壺だった。
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こんなでっかい壺も。中は…秘密。
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一眼レフで撮ってもらった。めっちゃ綺麗!!
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売春は止めよう!ことのチラシかな?
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将棋をしてる人は発見。中国文化でしょうか。
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ツアーを組んでくれた方とその子ども。かわいい(*^_^*)
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夕方、小学校に見学に行くということなので一緒に連いていきました。
学校につき、先生達と対面して軽く自己紹介。ここまではよかったんだけど、話がへんな方向に進み、ちょうど5人いるから変わりに先生をしてくださいっと言われる。
俺以外、マジで?ラッキー!!っという感じで喜んでるけど、俺は胃が痛くなった。英語なんて教えてもらう立場にいるのに…っと。


そうこうしているうちに、チャイムがなり先生に教室へと引きずり込まれる。
軽く挨拶して、教科書を見してもらい、ちょっと難しいことしてるな…と思いながらも、なんとか教えてる範囲だったので、発音とか、生徒数人を一組にして教えて周るもどうも効率が悪い。生徒は喜んでるけど、内心はどう思ってるのかっと気になってしかたなかった。


45分後チャイムが鳴り、生徒から拍手してもらい写真撮り、やっと終わった!っとホッとして職員室に向かいました。
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お菓子を食べていると、先生たちが欧米人たちの授業に喜んでしまってあと二限お願いしますという。冗談じゃねぇよ…っという気持ちを隠し、台湾人のユウさんに相談。
「相手は子どもなんだから、そんなに難しく考えずに教科書通りに気楽に教えたらいいんだよ。子ども達の発音は気にしちゃだめ。」っとジェスチャー付きで授業の仕方を教えてもらい、思い腰を上げて教室に戻った。
言われたとおりに、教科書通りに進めるも、日本の話せない英語を教えてるようで気が重かった。ただ、授業はたんたんと進み、フィリピンで学んだことも少し含め、あっと言う間に時間がたった。


休み時間後、ユウさんと会話し、日本みたいな話せない英語の授業でもいいんですか?っと聞くと、「ここは日本じゃなくラオスだよ。授業はどうあれ、外国人がたくさんいるから、練習きるんだよ」っと言われる。たしかにな…と思い、最後の授業。やっぱ、俺にはこういう授業は向いていないっとわかった。だって俺が喋ってる一方でおもしろくないんだもん…。


授業後、他のクラスの生徒と話し、だいたいみんな同じことを聞いてくるんだなっと思った。年齢は?結婚してるの?彼女いるの?どこに泊まってるの?


その後、先生達と写真を撮り、バイバイしました。
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夜、KさんとT君と出会い、夜ごはんを一緒にしました。
[ 2009/11/18 17:29 ] ラオス | TB(0) | CM(0)

謎の壺がある町。ジャール平原 

10月16月
<ジャール平原>
本来ならラオスの首都、ビエンチャンに行く予定だったが、スケさんから、「謎の石壺がたくさん置かれた平原があるよ。」っということを聞きつけ、急遽ジャール平原にいきました。120000k=1200円


ミニバンの中で、ポーランド人と台湾人・イギリス人・フランス人の人達と友達になりました。
完全にインターナショナル。おもしろいのが、最初は英語でみんな話ししてて、1時間ほどしてから「どこの国の人?」という話になったというところ。英語ができれば、国など関係ないっということがわかった時でした。
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台湾人のユウさんは日本の大企業で5年間働いていたことがあり日本語ぺらぺら。さらに仕事でタイとヨーロッパ圏に何度も行ったこともありタイ語と英語が堪能というすごい人。ラオス語とタイ語は似ていることもあり、ラオス人に対しても普通に話をしている。
年齢は55歳で見た目もそのくらいなんだけど、ほんと旅を楽しんでるって感じで、現地の人に冗談をいったり・ヨーロピアンを笑かしたりと扱いがうまく、まったく55歳には見えなかった。
「君はまだ若いからこれくらい簡単に身につけれるよ!」っと日本語で言われる。<無理です。。。>


予定時刻より2時間遅れの5時に、ポーンスワアンに到着。翌朝の平原巡りのツアーに彼らと申しこみ。オリジナルルートで行くことになった。一人95000k=950円

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この町に来て初めてわかったことなんだけど、ここにはたくさんの地雷が埋められており、現在もたくさんの地雷が埋められたままという。戦争で使われた武器が店の門にたてかけられたり、飾ってるんだからその多さは半端ないはず。
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夕食中、ユウさんからポーンサワンのあとはどこに行くのか聞かれ、首都のビエンチャンに行き、国際バスで中国のクンミンに行くというと、首都にいってもなんもないし、数十時間かけてルアンパバーンまで戻ってこないといけないんだから、ルアンパバーンに行くことを進められました。
ビエンチャンには、ミャンマーで60歳の女性と知り合った際に、ビエンチャンに来るならぜひ日本語学校に行ってください。っとすすめられたから行こうと思ったところ。
このとき、どうするべきかずっと悩んでた。
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<左から、指名手配犯、台湾、イギリス、ポーランド、フランス。>

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<バッファロー:なんだなんだ?>
<俺:こっちみんなwww>
[ 2009/11/16 17:04 ] ラオス | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


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