ぷらとはどこにいる?

小さい頃からの夢を"諦めた"ぷらと。この広い世界をたくさん知るために旅に出た。ぷらとが見る世界をお届けします。

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最終回 ミャンマーの旅 

<ヤンゴン>
朝5時半に到着、バスターミナルから3ドル払い市内のGHまで連れてってもらう。


この旅始って初の日本人宿に泊まりました。日本人宿とは、名の通り日本人が経営してる宿で、客のほとんどは日本人です。あまり日本人宿には泊まりたくないけど、情報ノートというこれまで旅してきた人達による手書きのノートが置かれてるんです。10年前以上の本がありました。そんな情報を自分のノートなどに写しながらこれからの旅の情報収集をしました。

人通り見終わった後、ヤンゴン市内を歩きました。昔、イギリスの植民地だったらしく、イギリス建築が多々見受けられました。教会・モスクもありました。ただ、ぶっちゃけると、ヤンゴンはあまり面白いところとは言えない。っていうのも、ヤンゴン以外良過ぎたってところに原因があるのかもしれない。国の文化はだんだんと薄れて来てるって感じで、タナカを塗ってる人があまりおらず、ロンジーを履いてる人も見かけない。インド系の人達が多くなったってことははっきり感じた。
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翌朝、ミャンマーの環状線を乗ることにしました。ミャンマーにも電車はあり、3時間かけて一周するという。料金は1ドル(1周料金)。電車は1~2時間おきに出発されている。早く行き過ぎたため、切符売場の中で待たしてもらった。売り場の中は20歳と45歳くらいの二人だけ。20歳の係り員は英語が話せる。たまに来る客に切符を売り、その他は一緒に遊んでくれた。その中で驚いたのが、日本製の最新のデジカメを持ってたこと。値段を聞くと、日本より2万高い感じだったけど、どこで入手したのか、そのお金はどこから…っと感じた。ミャンマーでこんなデジカメ売ってるはずがない。


電車は初めて見るもので中は木でできており、出発そうそうギブアップしかけた。

ケツがいたい!

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外国人席・係員席が同じで離隔されている(ヒモが張られてただけだけど)


この電車はヤンゴンに住むミャンマー人の生活風景が見れてよかったけど、ヤンゴンはお世辞にもいいところだ、とはいいがたかった。ゴミが酷い。そこらに落ちている。ところどころに流れる川は異臭がする。こんな川では体が洗えない。

家々は場所によるけど、立派な家が立ち並ぶ箇所もあった。

電車の中はぎゅうぎゅうで、通路は野菜を抱えた女性がたくさんいた。

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何事もなく一周するかと思ったけど、ハプニングが起きた。ぎゅうぎゅうの席をかきわけて歩いてくる係り員と、数人の人。外国人・係り員エリアに入れられて、座らされている。その人々の表情は下を向いていた。

ちょっと来いと、指で指示され、前にいくミャンマー人。なんか言い訳をしてるみたいだけど、引かない係り員。たぶん不正乗車してたのだろうとなんとなく思った。数人はお金を係り員に渡して帰されていたけど、金ない人は奥で泣いていた。ホームを歩き、階段を登ろうとすると後ろで、係り員と先ほど捕まった人等はどっかに連れていかれる様子だった。




ヤンゴンでは、3日間滞在し、時間が余ったので英語が話せることを前提にタクシーを半日チャーターし、郊外を走ってもらいました。観光名所ではなく裏のヤンゴンを…(!)
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夜は、ミャンマーに長期滞在10年以上(!)している3人の方とそれぞれお会いさせていただきました。お二人は経営者でもう一方は、現地で働いてる方。ミャンマー人の苦労話や、良いところ。ヤンゴンのこれからの未来など、とても濃い話をお聞きすることができました。そして、俺がミャンマーを旅してて知り得た情報+@のアウトプットの場にもなってよかったです。ただ、「(ビジネスについて)勉強不足だよ。」っというお言葉ももらい、少し凹みましたが、「若いのによくそんな考え持てるわね」と褒めてもらえたのでよかったかな。あと行動力あるねとも褒めてもらった(^^)v

ヤンゴンの早朝は、港で居座りミャンマー人の観察をずっとしていました。
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出国の日、バガンで奇跡的に再開したNさんと合流し、タクシーチャーターして空港に向かい、ミャンマーを後にしバンコクへ向かいました。
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空港税はピン札の10ドル紙幣しか受け取ってくれないので注意です。欧米人困っていました。


この旅は、往復航空券で行ったこともあり、「一つの旅」という感じで、とても奥の深い旅でした。10年後のミャンマー。バガン・インレー湖はこのままであってほしいですが、ネピドー・ヤンゴンは一気に変わるはずです。

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[ 2009/10/23 18:52 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

軍事政権 ミャンマーの首都に潜入 

9/19
<ネピドー>
旅行者は、まず訪れないミャンマーの首都、ネピドーにいきました。
ミャンマー人でも間違える首都、ネピドーです。インレー湖からバスで9時間。(12000チャット=1200円)
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ここは今年の初めくらいまでは、外国人の立ち入りを禁止されていたところ。そんな未知の首都に行きました。

だいたい予想はしていたけど、ほんとなんにもないところ。これでも首都なの?って思ってしまうほど。
ただ建設ラッシュみたく、いろんなところで建物が作られており、道は綺麗。建物も首都らしく現代的な家などが作られていました。

ウォーターホール
ショッピングセンター
首都を強調するパゴダ
この3つしか見るものがないらしい。

とりあえず、見れるところだけ周ってもらいました。
ウォーターホールは、ミャンマー人しかいません。
完全に昔の文化が忘れ去られていて、みなジーンズをはいていました。
あの俺の知るミャンマーは幻だったのか…と感じさせました。
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ショッピングセンターも、完全に金持ちを対象にされいて、家電製品や食品などうっていました。中に入ると防犯袋(鞄を覆う布の袋)をもらうのですが、俺の鞄でかすぎて、反対にあやしい姿になっていました。カメラを撮ろうとしたら、この場所しかとったらいけないと言われました。
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二階にはゲームセンターと映画館になっており、ゲームセンターには人が溢れかえるほどいました。写真を撮ろうとすると、ダメだと注意。隠し撮りをしようと試みたけど、ずっとアツい視線で見つめてくる警備員がいたのでとれませんでした。

パゴダはなんもない道路でも遠くからはっきりわかるくらいでっかく、近づくに連れてその大きさが増したのでした。まだ工事中だったようで内装もまだ完成してませんでしたが、ここから見るサンセットはかなりおすすめです。っつても俺が来てから夕日が雲にかぶってしまい、綺麗な姿は見れなかった。。。
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大きさ、広さはミャンマー1っといいたいけど、2番目らしい。
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内部。金
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<ネピドー!なんもなーい!>

一泊するつもりでしたが、安宿がなく外国人は最低36ドルからのホテルしか見つからなかったので
急遽予定を変更してヤンゴンに向かうことにしました。

ネピドーのバスターミナルに戻り、バイクチャーター代8ドルを渡すと、トラブル発生。15ドルを要求してくる。荷物を持ってあげたからということらしいが、話が違う。英語話せる人を仲介にして11ドルで和解した。

ヤンゴン行きのバスチケットを買う時、めっちゃ高い(12000チャット=1200円)バスチケットを買わされかけた。この値段はおかしいということを訴えると、外国人は2シート分のチケットを買わないといけない。といってくるので、違うバス会社にいってみたら、1シート分の値段を表示してくれた。(5700チャット=570円)


バスを待ってると、インレー~ネピドー間のバスを運転してくれた兄ちゃんとその相棒に声をかけられた。
兄「なんでここにいる?一泊するんじゃなかったのか?」
俺「値段が高すぎ!安いところは外国人は泊まれないんだって」
兄「そうなのか。それは悪かった。このあとはどこに行くんだ?」
俺「ヤンゴンにいくよ!」

っとここまではよかったんだけど、そこから表情がかわり、そっか。。。ってことで一時は去ったけど数分して戻ってきた。「時間あるし、ご飯食べにいかないか?」っと、拒んでいると、ほぼ強制的に彼らのバスに乗せられて近くのレストランに連れていかれた。ちょっと恐怖心が走った

食いたいものどんどん注文しろっというので、最終的に俺が払わないといけないオチと思い適当に注文。ビールも注文し、睡眠薬とか入れられてるんじゃないのか?とかいろいろ考え、グラスを変え、先に兄ちゃん達に飲ましたりといろいろした。。。

ちょっとしてから、兄ちゃんの声から、なんでこのレストランに連れてきたのか理由を言ってくれた。

「ヤンゴンの人はシャン民族(インレー周辺の人)と違い危険なやつらがいっぱいだ。物をスラれたりするから十分に気おつけるように」

っと数十回っと嫌になるほど言ってきてくれた。バスの待ち場はヤンゴンに住んでる人がいるかもしれないのであえてここに連れてきたという。会計はすべて彼らが払ってくれた。
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夜20:30、ヤンゴンに向けて出発しました。

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[ 2009/10/21 17:22 ] ミャンマー | TB(0) | CM(4)

ミャンマー プライベート学校訪問 

ボートで一時間後、先日行ったマーケットと同じところに着いた。この日はマーケットはやっておらず、人もいなくて空っぽ。


少し歩いたところにママさんの実家があり、中に入ってミャンマーコーヒーをいただいた。中は窯があり、なんか懐かしい感じ。寛いだあと、ママの兄らしき人ともう一人の男の人とでプライベート学校に向かった。
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プライベート学校とはフリースクールのこと。政府の学校は学費は安いがそれでもいけない子が多い。


ゆっくり歩いてたら日が暮れるので早歩きで行くという。舗装されてない道なのでトレッキング状態。しかもペースが速い!途中、水を持ってくるのを忘れたことに気づき、そのことを伝えると「大丈夫」という。ちょっと待っててと言われ、男は畑の中に中に入り、なにかしている。戻ってくると、固い50cmほどの、ある茎を渡された。意味がわからない素振りをしていると、ジェスチャーしてくれた。
その茎を噛めということらしい。同じようにマネると、あまい!サトウキビだった。
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初めて体験するサトウキビの食べ方。噛みながら歩くこと1時間、プライベート学校に着いた。外からでも聞こえる子どもたちの声。


中に入るとさっきの声はどこにいったのか、シーンとなった。そして子どもたちがこっちを向き、腕を組んでこっちを向いている。。。
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ちょっとした殺風景を感じながらも教室の中をうろちょろ。毎度のことながら教育レベルは日本と同レベかそれ以上。普通の学校に関したらは日本より比べ物にならないほどのレベルだ。


一通り見終わったあと、ささっと去りました。グランドを離れ後ろを振り向くと子どもたちが手を振ってくれていた。緊張していたらしい。
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その後も歩き、もう一つのプライベート学校にも案内してもらった。
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ここは個人の日本人が寄付した学校だ。授業は終わっており、誰もいなかったけど、棚に置かれていた本を読ましてもらった。ここで驚いたのが、子どもたちの日常意識向上の冊子だ。絵と文字で説明され、こういうことをすると、病気になったり、こういうことを人にしたらいけないっとか書かれてた。その絵もおもしろく、なんて書いているかわからないが、絵だけでわかる。数冊の本を読ましてもらい、後にしママの実家に戻った。
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<バッファロー。乗ろうと試みたが尻尾で叩かれた。。。>


帰りのボートの中でなぜ2人もガイドが必要なのか聞くと危険な個所がいくつかあるからといっていた。そんな感じはしなかったけど、民族間でのもめ事があるそうだ。宿に帰ってからもいろいろ聞いたりした。

その中でどうしても気になってたこと、なんで孤児院・プライベート学校にいったとき子ども達は手を組んでいたのかということ。ママは答えてくれた。

マ「初対面の人や目上の人には手を組むのが礼儀だからだよ」っと。
俺「なるほど!けど、日本じゃ、そのポーズは怒ってるときや、相手を睨むときに使うんだよ」っと教えてあげると
マ「ははは…」っと笑いこけていた。


そんなこんなで、充実した一日が終わり、翌朝、ミャンマーの首都、ネビドーにむかった。

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<綺麗に撮れてない?>


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[ 2009/10/19 18:55 ] ミャンマー | TB(0) | CM(2)

ミャンマー 孤児院訪問 

<孤児院訪問>
どうしていつも肝心の日に寝坊してしまうのか、この日も待ち合わせ時間に目覚め、慌てて朝ごはん食べる。やっぱりここの朝ごはんうまい!!

バイクチャーターして三ケツ(男三人一台のバイクに乗り込む)で向かう。
孤児院はアポなしなので、帰されたら帰されたで諦めるしかない。1時間後着き、初めての孤児院を見た。グランドでは子供が列を連ねて朝礼みたいなのが始まる感じだった。結構でかい。隣の敷地に案内され、職員室みたいなところで英語のできるおばちゃんと話し合った。
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この人が一年半前にここに来たときは、想像を絶するほどだったという。ただ、最近になり各国から旅行者の援助でモノが買えるようになり、昔と違い子供たちにも笑顔があるという。ここに常にいる大人は、このおばちゃんとモンクの2人だけ。あとは安い給料で来てくれる教員が毎日来てくれる。


40分くらい話したあと、ロビーに連れてってもらった。
そのロビーには200人ほどの子供が座り、何やらこっちを向いている。
外国人、突然の訪問者だから仕方ない。

このおばちゃんが「サンハイ」みたいな合図と同時に、黙ったままの子供たちが歌い始めた。
「welcome song」みたいだ。予想外で驚いたけど、めっちゃうれしかった。

歌が終わり、拍手してしまった。


英語できる子が適当に呼び出され、それぞれ自己紹介。
10歳とか12歳の子供たち。それぞれの将来の夢が医者やガイド、研究者。
出身地とかもいってたが、わかんなかった。


その後施設を案内され、子供たちが住む、部屋を見してもらった。
二段ベットが窮屈に置かれ、小さな一つのベットに2~3人の子どもが寝るという。
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一通り見終わったあと、ここに来た目的、米100キロを寄付したいと告げると、必要ないといわれる。
米は援助や畑からできるからだ。行く前に買わなくてよかった。。。とホッとする。
なにかタメになるものを寄付したいっと言うと、ガーデニング用品がほしいという。


これで決まり。隣町に行き、必要なものを一緒に買いに行った。土を掘る際に必要なスコップやカマ。如雨露、バケツなど。それぞれが俺の予想してた値段より少し高かったので驚いたが、現地人同士+信頼してるウインディも加わって話してるのでこんなもんなんだろう。上限額も言ってある。買い物が終わった頃には、3人の手では持てないくらいになってたので、タクシーで帰った。


孤児院に戻り、昼食を作ってるところを案内され、その後子ども達が作ったご飯をいただきました。
ご飯は一番安い米は使われてはいなかった。ふつうにおいしい。
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「一粒の米にも自然の恵みが込められています。」「どんな食材にも万人の心が込められています。」
昔、習っていたボーイスカウトで習った言葉が心からでてきた一時でした。
裕福な日本だったらこんなこと考えずに食べてる人が大勢だろう。
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その後、一部の子供たちと写真を撮り、あとにしました。
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帰り道、ガイドのウインディが謝ってきた。
ウ「ごめん、4年前、俺が行ったときは今のような感じじゃなかったんだ。」
俺「わかってるよ。孤児院を見れただけでいいよ。」
ウ「ありがとう、ぷらと。」
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ウィンディと握手して別れ、走って宿へ。
ママが「どうだった?」っと聞いてくるので「行ってよかったよ。子どもがたくさんいた。」と
質問の意図と違うことを言ってた気がする。

手作りのマンゴー100%ジュースをいただき、ボートで一時間ママの実家に向かった。

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[ 2009/10/16 18:45 ] ミャンマー | TB(0) | CM(0)

ミャンマー リピーター率の高い街 インレー 

インレー2日目
この日はトレッキングをしました。
本来はピンダヤという町に移動して、洞窟寺院をみる予定でしたが、インレーにも洞窟寺院があり、ピンダヤと変わらないし、時間とお金を考えてもインレーの洞窟寺院がおすすめっと商売トークに乗せられてトレッキングついでに洞窟寺院に行きました。15ドル。
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<爆竹を鳴らす子どもたち>

このトレッキング内容は、インレーに住む民族をみて、山の山頂からインレー湖を眺めるというトレッキング。難易度は低く20kmをトレッキングします。参加者は2人らしいけど、一人のが好きなのでお願いしてガイド1人俺の2人にしてもらいました。


ここの会社ツアーは普通のインレー湖に住む人達をみてもらいということをモットーにしてるらしい。


ガイドは同年齢のウインディ。彼は前夜、日本人のガイドをするということで日本語の勉強をしてたらしいが、緊張してしまってやっと憶えた「こんにちは」がヘンな言葉になってた。英語は堪能なんで問題なし。



初のガイドを付けてのトレッキング。
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淡々と山頂を目指すのかと思いきや、花・草の名前・何に使うのか、民族の意味、学校について、ミャンマーの裏事情(!?)、ミャンマーの現状、彼の悲惨な過去、そしてエロトーク…。エロは世界共通なんだと改めて実感。。。



ほんとミャンマーは自然が多く緑豊か。これでもか!ってほど農作物を耕していて、超貧困層でも餓死をしない理由がわかる。

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洞窟寺院はその名の通り、洞窟の中に寺院があり、モンクが住んでいる。
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洞窟をかなり奥に入っていったら、明かりも周りの音が聞こえないところにつく、そこでモンクが一日のほとんどを瞑想するらしい。ここのモンクは一日1回の朝ごはんのみ食べるのみ。砂糖・お茶は許されてるみたい。
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昼飯は、竹で作られてる普通の民家で食べた。コンロなんてなく、マキに火を灯していくからご飯ができるまで50分くらい待った。その間、ガイド通訳代わりにしてこの家の人とお話をした。


ご飯はおいしく、残さずに食べようとするも多すぎて残してしまった。普段は残さない。家の人に謝ると、食べるから気にしないで笑 っと。
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その後トレッキングをしながらガイドと話してると、孤児院があるということを教えてもらった。手や足がない子がたくさんいるみたく、学校の校舎もボロボロ。服なんてあってないのに等しい。彼が行ったときは、現状を見てられなくて涙を流したという。


孤児院には旅中に行きたかったので、明日にでも行きたい!っと言ったけど、一つ忘れていたことを思い出した。宿で知り合った子とボートをシェアして年に1度の祭りを見に行く約束だったけど、どうしても見にいきたかったので、あとでちゃんと謝ったらいいかなと思い孤児院にいくことに決めました。バイクで1時間くらいのところにあるということだったので、彼と翌日行くことにした。


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山頂後は日本の昭和をただわせるような街並みを歩きながら、元の町まで歩いていきました。この辺りにくるとゴミがあちこち少しだが見受けられるようになった。
俺「ゴミ焼却はどうしてるの?」
ウ「んなもんないさ、ポイポイそのあたりに捨てるだけだよ。あとは燃やす。」
俺「家庭で?」
ウ「そう。ポイ捨てするのはいけないことというのは知ってるよ。」

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街に着きミャンマービールで乾杯!550チャット=55円
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夜、ゲストハウスのママに今日あったこと・明日、孤児院に行くことを伝えると、ガイドの名前を教えるように言われた。名前は忘れたので特徴をいうとわかってもらえず、やな気配がしたけどなんで孤児院なんかにいくのかと聞かれた。自分が思ってることをそのまま伝えると、ママの表情が変わり明日昼から少し離れた実家に戻るからついでにプライベート学校に連れてってあげるから昼には戻ってきて。と言ってくれた。
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[ 2009/10/14 17:26 ] ミャンマー | TB(0) | CM(3)
プロフィール

ぷらと。

Author:ぷらと。
自分のことが好きで幸せの
1985年生まれの23歳ぷらと。

思い立ったら即行動、そして失敗の繰り返しです。いつか成功することを信じて自分の道を進んでいきます!


名前の由来は、ぷらっとどこかへ行くから"ぷらと"です。


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